ハラスメント対応の初動で失敗しないために~中小企業が押さえるべき実務上の重要ポイント~

 この記事の内容をAI「NotebookLM」が音声で解説しています。

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

職場におけるハラスメント問題は、今や企業規模に関わらず避けて通れない経営課題となっています。特に中小企業においては、限られた人員体制の中でハラスメント事案が発生した場合、その対応を誤ると企業の存続に関わる深刻な事態を招きかねません。実際に、ハラスメント事案への不適切な対応により、被害者だけでなく加害者とされた従業員からも訴訟を起こされるケースが増加しています。

本記事では、企業の人事担当者や経営者の皆様が、ハラスメント事案の初動対応で迷わないために押さえておくべき実務上の重要なポイントを、法的リスクの観点から解説いたします。これは単なるハラスメントの定義を学ぶものではなく、実際に事案が発生した際に「何をすべきか」「何をしてはいけないか」という実践的な内容です。

2. ハラスメント事案で企業が負う法的リスクとは

2-1. 企業責任の法的根拠を理解する

ハラスメント事案が発生した場合、企業が負う法的責任には大きく分けて二つの根拠があります。一つ目は民法第715条に基づく「使用者責任」です。これは、従業員が業務執行中に第三者に損害を与えた場合、その従業員を雇用する企業も連帯して賠償責任を負うというものです。つまり、加害者である従業員個人だけでなく、企業も一緒に損害賠償を請求されることになります。

二つ目は民法第415条に基づく「債務不履行責任」です。労働契約においては、企業は従業員に対して「安全配慮義務」を契約上の義務として負っています。これは、従業員が安全に働ける環境を提供する義務であり、ハラスメントを放置したり適切な対応を怠ったりすることは、この義務の不履行として損害賠償責任を生じさせます。

ここで重要なのは、男女雇用機会均等法や労働施策総合推進法、育児介護休業法などに規定されているハラスメント防止措置は、それ自体が直接の請求根拠となるのではなく、不法行為や債務不履行の成立を判断する際の要素となるという点です。つまり、これらの法律に定められた防止措置を講じていなかったことが、企業の責任を認定する根拠の一つとなるのです。

2-2. 雇用関係がなくても責任を負う可能性

近年の判例で注目すべきは、正規の雇用関係にない業務委託契約者に対するハラスメントについても、企業が責任を負う可能性があるという点です。東京地裁令和4年5月25日判決のアムールほか事件では、ウェブライターとして業務委託契約を結んでいた女性に対するセクハラ・パワハラについて、実質的に企業の指揮監督下で専属的に労務を提供していたことから、企業に安全配慮義務があると認定され、債務不履行に基づく損害賠償が命じられました。

この判例は、形式的な契約形態だけでなく、実態として指揮監督関係や専属性がある場合には、企業は労働者でない者に対しても安全配慮義務を負う可能性があることを示しています。フリーランスや業務委託契約者が増加している現代において、中小企業も契約形態にかかわらず、ハラスメント防止に配慮する必要があるのです。

3. 事実確認における重大な落とし穴

3-1. すべてのヒアリングを録音し議事録を作成する

ハラスメント事案の調査において、最も基本的かつ重要なのがヒアリングの録音と議事録の作成です。ここで注意していただきたいのは、被害者だからといって録音を怠ってはいけないという点です。実務上、後になって被害者が「そんなことは言っていない」と主張を変えるケースや、虚偽のハラスメント申告である可能性も完全には否定できません。

録音をする際は、「議事録を正確に作成するため」という理由を伝え、了解を得た上で行います。また、機器の不具合に備えて、スマートフォンとICレコーダーなど、複数の録音機器を同時に使用することをお勧めします。この録音データと議事録は、後に訴訟となった場合の重要な証拠となりますので、適切に保管することが必要です。

3-2. 先入観を持たずフラットに事実を確認する

ハラスメント調査においては、先入観を持たずにフラットな立場で事実確認を行うことが極めて重要です。実務上、私怨からハラスメントをでっち上げるケースや、元々交際していたが別れた腹いせにハラスメント申告をするケースも存在します。最初から「被害者の言うことは全て真実」「加害者とされた人は悪い人だ」という前提で調査を進めてしまうと、公平な判断ができなくなります。

特に中小企業では人間関係が密接であるため、日頃の人間関係や噂などから先入観を持ちやすい環境にあります。しかし、調査担当者は常に中立的な立場を保ち、客観的な証拠に基づいて事実を認定する姿勢が求められます。

3-3. プライバシー保護を徹底した体制構築

ハラスメント事案の調査においては、プライバシー保護が非常に重要です。まず、被害者からハラスメントの申告を受けた場合、必ず被害者に対して「加害者および同僚等にも事情を聴いてよいか」を確認し、同意を得る必要があります。被害者の同意なく加害者や従業員に事情を聴くことは、絶対に避けなければなりません。

なぜなら、同意なく調査を進めた場合、ハラスメント行為がエスカレートする可能性があるだけでなく、仮にハラスメントが虚偽の申告であった際には、加害者とされた人の名誉棄損やプライバシー権の侵害となる場合があるからです。実際に、京都地裁令和3年5月27日判決の京丹後市事件では、調査担当者が被害者の承諾を得ることなく、被害者の日記のコピーを園長に交付して書き込みをさせたことが、プライバシー侵害として違法と判断され、33万円の賠償が命じられています。

また、ヒアリングをした相手には必ず口外しないよう伝えること、ハラスメント事案に対応する人員を最小限にすることも重要です。事案について知っている担当者が増えるほど、情報漏洩のリスクが高まります。中小企業では社内の情報が広がりやすい環境にありますので、特に注意が必要です。

3-4. 客観的な証拠の収集が最も重要

ハラスメント事案の調査において、客観的な証拠の有無は極めて重要です。証拠がない場合、被害者と加害者の言い分が食い違う「言った言わない」の水掛け論になってしまい、事実認定が困難になります。

セクハラの証拠としては、LINEやメールなどのやりとり、友達や家族への相談LINE、録音データ、監視カメラの映像、外勤の際に随行した日の記録、被害者が記録していた映像や日記、同僚等の証言、心療内科のカルテ、不同意性交事案などの場合は婦人科等の診療明細などがあります。パワハラの証拠としては、同様にLINEやメールのやりとり、録音データ、診断書やカルテ、同僚の証言のほか、強要されて書かされた謝罪文や上司が独自に指示した感想文なども証拠となり得ます。

秘密録音については、同意を得ずに勝手に録音すること自体は違法となりにくいとされています。ただし、盗聴器等を仕掛けて本人のいないところでのやりとりを収集する無断録音の場合は、証拠として認められない可能性があります。東京高裁令和5年10月22日判決の医療法人社団Bテラス事件では、従業員が病院の控室に秘密裏に録音機器を設置した行為について、相当な証拠収集方法とはいえないとしながらも、著しく反社会的な手段ではないとして証拠能力を認めました。一方、大阪地裁令和5年12月7日判決では、休憩室に録音機を設置した行為について、プライバシー権を著しく侵害するものとして証拠能力を否定しています。

監視カメラの設置については、適切な場所に設置し、設置していることを周知し、規程により管理・責任者を任命して記録データを適切に管理することで、違法とはなりません。ただし、トイレや更衣室などへの設置は論外であり、業務上の必要性を十分に検討する必要があります。

社内メールシステムやチャットシステムの確認については、モニタリング規定を設け、責任者を設置した上で行うことが必要です。東京地裁平成13年12月3日判決のF社Z事業部事件では、監視の目的、手段、態様等を総合考慮し、社会通念上相当な範囲を逸脱していなければプライバシー権の侵害にはならないとされています。

被害者が大事にしたくないと言い、加害者や同僚等にはヒアリングしないで欲しいという場合でも、企業としては何もしないわけにはいきません。この場合は、被害申告があったことを加害者とされる人に伝えた上で、誤解されるような言動をしないよう具体的に指導し、報復行為をしないよう釘を刺すことが必要です。

4. ハラスメント認定後の再発防止措置

ハラスメントを認定した場合、企業は適切な再発防止措置を講じなければなりません。具体的には、以下の三つの措置が必要です。

一つ目は物理的な切り離しです。配転をさせるなど、被害者と加害者を物理的に切り離します。事業所が一つしかない中小企業の場合は、シフトを分ける、担当業務を変更する、決裁経路を変更するなど、業務上のかかわりが最小限になるように体制を構築します。

二つ目はハラスメント防止研修等の実施です。全従業員向けに、ハラスメント防止研修を行い、企業としてハラスメントを許さない姿勢を明確に示すとともに、従業員の意識向上を図ります。

三つ目は加害者に対する指導です。加害者に対して、どのような行為が問題であったのか、今後どのように改めるべきかを具体的に指導します。悪質な場合には、就業規則に基づく懲戒処分も検討する必要があります。

これらの再発防止措置を適切に講じることで、企業は安全配慮義務を果たしていることを示すことができ、万が一訴訟となった場合にも企業の責任を軽減する要素となります。

5. まとめ

ハラスメント事案への対応は、初動が極めて重要です。本記事で解説したように、企業は使用者責任や安全配慮義務違反により法的責任を負う可能性があり、雇用関係がない業務委託契約者に対しても責任を負う場合があります。

事実確認においては、すべてのヒアリングを録音し議事録を作成すること、先入観を持たずフラットに調査すること、プライバシー保護を徹底すること、客観的な証拠を収集することが重要です。特に、被害者の同意なく調査を進めることや、不適切な方法で証拠を収集することは、かえって企業の責任を生じさせる可能性があります。

中小企業においては、専門的な知識や経験を持つ人材が不足していることも多いため、ハラスメント事案が発生した際には、早期に社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。適切な初動対応により、被害者の保護、加害者の権利保護、そして企業の法的リスクの最小化を図ることができます。

ハラスメントのない健全な職場環境の構築は、従業員の定着率向上や生産性の向上にもつながり、企業の持続的な成長に不可欠です。日頃からハラスメント防止の体制を整備し、万が一事案が発生した場合には適切な初動対応ができるよう準備しておくことが、経営者と人事担当者の重要な責務といえるでしょう。本記事が、皆様の職場環境改善の一助となれば幸いです。


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