「多様な正社員制度」が変える中小企業の人事戦略~人材確保と働き方改革を同時実現~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

現在、多くの中小企業が人手不足という深刻な課題に直面しています。一方で、労働者側では働き方への価値観が多様化し、従来の「転勤や長時間労働を前提とした正社員」か「雇用が不安定な非正規雇用」という二択では、優秀な人材の確保が困難になってきています。

このような状況を打開する解決策として注目されているのが「多様な正社員制度」です。厚生労働省は平成26年7月に「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会報告書」を公表し、企業における制度導入を積極的に支援しています。近年では、働き方改革の推進や人材の多様性確保の観点から、この制度への関心がさらに高まっています。

本記事では、社会保険労務士として中小企業の人事労務管理に携わる立場から、多様な正社員制度の基本概念から具体的な導入方法、活用できる助成金まで、実践的な観点から詳しく解説いたします。人材確保に課題を抱える経営者や人事担当者の皆様にとって、新たな人事戦略の選択肢として参考にしていただければと思います。

2. 多様な正社員制度とは何か

2-1. 制度の基本概念と定義

多様な正社員とは、従来のいわゆる正社員と比較して、職務内容、勤務地、労働時間などを限定して選択できる正社員を指します。厚生労働省の定義では、労働契約の期間の定めがなく、所定労働時間がフルタイムで、直接雇用である正社員のうち、職務・勤務地・労働時間のいずれかが限定的な正社員とされています。

この制度の最大の特徴は、従来の「無限定正社員」と「非正規雇用」の中間に位置する働き方を提供することです。労働者は雇用の安定性を保ちながら、自身のライフスタイルや価値観に応じた働き方を選択できます。企業側にとっても、多様な人材のニーズに対応することで、優秀な人材の確保と定着が期待できます。

限定の仕方は企業の実情に応じて様々で、必ずしも新たな社員区分を設ける必要はありません。就業規則や労働契約書において適切に限定内容を明示することで、運用上の柔軟性を保ちながら制度を導入することが可能です。

2-2. 従来の雇用形態との違い

従来の日本企業における雇用形態は、大きく「正社員」と「非正規雇用」に二極化していました。正社員は雇用が安定し、相対的に高い賃金や昇進機会がある一方で、転勤や長時間労働、職務変更を幅広く受け入れることが前提とされてきました。非正規雇用は職務や勤務地が限定的である一方で、有期契約による雇用不安や低賃金、能力開発機会の不足といった課題がありました。

多様な正社員制度は、この二極化を緩和する第三の選択肢として位置づけられます。無期雇用による安定性と、一定の限定条件下での働き方を組み合わせることで、労働者の多様なニーズに対応しながら、企業にとっても人材活用の選択肢を広げることができます。

特に重要な点は、多様な正社員制度が単なる妥協案ではなく、積極的な人材戦略として活用できることです。適切に設計・運用された制度は、労働者の満足度向上と企業の生産性向上を同時に実現する可能性を秘めています。

3. 多様な正社員の3つの類型

3-1. 勤務地限定正社員の活用メリット

勤務地限定正社員は、転勤の範囲を一定地域内や通勤可能な範囲内に限定する制度です。育児や介護などの事情により転勤が困難な労働者や、地域に根ざした働き方を希望する労働者にとって魅力的な選択肢となります。

企業にとってのメリットは多岐にわたります。まず、優秀な人材の流出防止効果が期待できます。特に、結婚・出産・育児・介護などのライフイベントを機に退職を検討していた女性社員の継続就業を支援できます。また、地域に精通した人材を継続的に確保できるため、地域密着型の事業展開において競争優位性を築くことが可能です。

さらに、改正労働契約法の無期転換ルールによる転換後の受け皿としても活用できます。特に小売業やサービス業など、非正規雇用の労働者が多い業界において、安定的な労働力確保の手段として有効です。コース別雇用管理を実施している企業では、従来の一般職の職務範囲を拡大し、より幅広い業務を担当してもらうことで、人材の有効活用を図ることもできます。

3-2. 職務限定正社員の専門性活用

職務限定正社員は、特定の職務や専門分野に限定して働く制度です。高度な専門性を要する職務から、資格が必要な職務、他の職務と明確に区分できる職務まで、幅広い分野での活用が可能です。

特に注目すべきは、グローバル企業や外資系企業における高度専門職の活用例です。金融業における投資業務やM&Aアドバイザリー、情報サービス業におけるデータサイエンティストなど、新たな知見が必要で企業内での人材育成が困難な分野において、外部労働市場から即戦力として採用されるケースが増加しています。

これらの専門職は、職務内容がジョブディスクリプションで明確化され、必ずしも長期雇用を前提とせず、企業横断的なキャリア形成を前提とする特徴があります。処遇も一般的な正社員より高く設定されることが多く、企業の競争力強化に直結する人材として位置づけられます。

中小企業においても、医療福祉業や運輸業などで資格が必要な職務、製造業における特定技能を要する職務などで、職務限定正社員の活用効果が期待できます。

3-3. 勤務時間限定正社員の導入ポイント

勤務時間限定正社員は、労働時間を所定時間内に限定したり、時間外労働を行わない条件で働く制度です。育児や介護、自己啓発などの事情により長時間労働が困難な労働者の就業継続や、優秀な人材の確保に有効です。

現状では、勤務時間限定正社員の活用例は他の類型と比較して少ない傾向にあります。これは、従来の正社員の働き方が時間外労働を前提としているため、限定時間内での職務の切り出しが困難なことや、他の労働者への負担集中が懸念されることが主な理由です。

しかし、働き方改革の推進により、この状況は変化してきています。勤務時間限定正社員を効果的に活用するためには、職場全体の業務配分の見直し、効率的な業務プロセスの構築、管理職のマネジメント能力向上などの取り組みが重要です。

また、勤務時間限定正社員の処遇については、所定労働時間が短い場合は時間比例での賃金設定、時間外労働の免除の場合は同一賃金テーブルの適用などが考えられます。いずれの場合も、労働者のモチベーション維持と他の正社員との公平性確保の観点から、慎重な制度設計が求められます。

4. 効果的な制度導入のステップ

4-1. 労働条件の明示と就業規則の整備

多様な正社員制度を導入する際の最重要ポイントは、労働条件の明確な明示です。厚生労働省の調査によると、就業規則や労働契約で職務や勤務地を限定している企業は決して多くなく、実際には限定していても明文化していない企業が約5割に上ります。

このような曖昧な運用は、将来的な労使紛争のリスクを高めます。限定の内容が不明確な場合、労働者と企業の間で認識の齟齬が生じ、配置転換や事業所統廃合の際にトラブルの原因となる可能性があります。

労働契約法第4条では、労働契約の内容はできるだけ書面で確認するものとされており、勤務地、職務、勤務時間の限定についても、この確認事項に含まれます。具体的には、限定の内容が当面のものなのか、将来にわたるものなのかを明確に区別して記載することが重要です。

就業規則の整備においては、雇用区分とその定義を明確に定め、各区分の適用範囲、転換制度、処遇体系などを体系的に規定することが求められます。また、制度導入に際しては、労働者への十分な説明と合意形成を図ることが、円滑な運用の前提となります。

4-2. 転換制度の設計と運用方法

多様な正社員制度の効果を最大化するためには、異なる雇用区分間での転換制度の整備が不可欠です。これにより、労働者のライフステージの変化や企業のニーズに応じた柔軟な人材活用が可能になります。

転換制度の設計にあたっては、まず非正規雇用から多様な正社員への転換制度を検討します。これは、雇用の安定化と処遇改善を通じて、優秀な人材の定着を図る効果があります。転換の要件としては、勤続期間、勤務評価、面接・試験の合格などが一般的で、企業の実情に応じて適切に設定することが重要です。

いわゆる正社員と多様な正社員の間の転換制度については、双方向での転換可能性を確保することが望ましいとされています。ワーク・ライフ・バランスの実現や企業による人材確保の観点から、労働者の希望に応じた転換制度の整備が求められます。

転換制度の運用においては、転換が「キャリアトラックの変更」なのか「労働条件の変更」なのかを適切に判断することが重要です。限定の範囲や期間によっては、必ずしもキャリアトラックを変更する必要がない場合もあり、労働者のモチベーション維持の観点から慎重な検討が必要です。

4-3. 処遇体系の設計原則

多様な正社員の処遇については、いわゆる正社員との均衡を図りつつ、限定の内容に応じた合理的な差を設けることが基本原則となります。労働契約法第3条第2項の「就業の実態に応じた均衡の配慮」には、多様な正社員といわゆる正社員との間の均衡処遇も含まれています。

賃金設計においては、勤務地限定正社員の場合、同一賃金テーブルを適用しつつ転勤手当等で差を設ける方法や、地域別の賃金係数を設定する方法などがあります。職務限定正社員については、職務給的な要素を強めた賃金体系の採用が考えられます。勤務時間限定正社員については、時間比例での賃金設定や、時間外労働免除の場合の同一賃金テーブル適用などが選択肢となります。

昇進・昇格については、限定の内容が能力開発や経験蓄積に与える影響を考慮しつつ、できるだけ差を小さくすることが望ましいとされています。特に、一時的な限定の場合や、限定によるキャリア形成への影響が少ない場合には、いわゆる正社員との差を最小限に抑えることが、労働者のモチベーション維持につながります。

5. 労使紛争の防止と法的留意点

5-1. 整理解雇における留意事項

多様な正社員制度を導入する際の重要な法的留意点として、整理解雇時の取り扱いがあります。勤務地や職務の限定が明確化されていても、事業所閉鎖や職務廃止の場合に直ちに解雇が有効となるわけではありません。

裁判例の分析によると、整理解雇法理(4要件・4要素)を否定する判例はなく、多様な正社員についても同様の判断枠組みが適用される傾向にあります。ただし、限定の内容や程度に応じて、解雇回避努力の範囲が変わる可能性があります。

勤務地限定や高度な専門性を伴わない職務限定の場合、解雇回避努力として配置転換が求められる範囲が広い傾向があります。一方、高度な専門性を伴う職務限定の場合、配置転換以外の解雇回避努力(退職金上乗せ、再就職支援等)でも十分とされる場合があります。

企業としては、事業所廃止等に直面した場合、可能な範囲での配置転換を検討するとともに、それが困難な場合には代替的な解雇回避努力を講じることが、紛争の未然防止につながります。

5-2. 能力不足解雇の判断基準

能力不足を理由とする解雇についても、多様な正社員だからといって直ちに解雇が認められるわけではありません。限定の有無にかかわらず、改善の機会を与えるための警告は必要とされる傾向にあります。

高度な専門性を伴わない職務限定の場合、警告に加えて教育訓練、配置転換、降格等の措置が求められることが一般的です。一方、高度な専門性を伴う職務限定で、特に中途採用により即戦力として期待して雇用した場合には、教育訓練等が必ずしも求められない場合もあります。

しかし、いずれの場合も警告による改善機会の付与は必要とされるため、企業としては適切な人事管理により、労働者の能力向上を支援し、問題がある場合には段階的な対応を取ることが重要です。

5-3. 労使コミュニケーションの重要性

多様な正社員制度の成功には、制度の設計・導入・運用の各段階における適切な労使コミュニケーションが不可欠です。労働者に対する十分な情報提供と協議を通じて、制度への理解と納得を得ることが円滑な運用の前提となります。

労働組合がある場合には組合との協議、労働組合がない場合でも過半数代表や労使委員会との協議など、企業の実情に応じて適切なコミュニケーション手法を選択することが重要です。特に、過半数代表については、適正な手続きでの選任、身分保障、全労働者の利益代表としての役割などに留意する必要があります。

また、多元的な働き方の円滑な推進には、管理職のマネジメント能力向上が重要な要素となります。多様な働き方をする部下を適切にマネジメントし、組織全体の生産性向上を図るための研修や支援体制の整備も検討すべき事項です。

6. 活用可能な助成金制度

6-1. キャリアアップ助成金の活用法

多様な正社員制度の導入を支援する代表的な助成金として、キャリアアップ助成金(正社員化コース)があります。この助成金は、有期雇用労働者や派遣労働者等を正社員化した場合に支給されるもので、多様な正社員への転換も対象となります。

2025年4月に実施された制度改正により、助成金の支給対象が「重点支援対象者」とそれ以外に区分されました。重点支援対象者には、雇入れから3年以上の有期雇用労働者、派遣労働者、母子家庭の母等、人材開発支援助成金の特定訓練修了者などが含まれます。重点支援対象者の場合、有期雇用労働者から正社員への転換で中小企業80万円、無期雇用労働者から正社員への転換で40万円の助成を受けることができます。

一方、重点支援対象者以外の場合は、有期雇用労働者から正社員への転換で40万円、無期雇用労働者から正社員への転換で20万円となり、従来と比べて支給額が半減している点に注意が必要です。

多様な正社員制度の新規導入に対する加算措置は継続されており、従来就業規則等に多様な正社員制度の規定がなかった企業が新たに制度を導入し、実際に転換を実施した場合、40万円(大企業30万円)の加算が受けられます。また、正社員転換制度を新たに規定した場合にも20万円(大企業15万円)の加算措置があります。

6-2. その他の支援制度

厚生労働省では、中小企業・小規模事業者の働き方改革を総合的に支援するため、全国47都道府県に「働き方改革推進支援センター」を設置しています。このセンターでは、社会保険労務士などの専門家が、無料で事業主からの労務管理上の悩みをお聞きし、就業規則の作成方法、賃金規定の見直しや労働関係助成金の活用などを含めたアドバイスを行っています。

多様な正社員制度の導入についても、働き方改革の一環として相談対応しており、個別の企業訪問による専門家のコンサルティングサービスも提供されています。具体的には、窓口での対面相談、電話・メールでの相談受付、企業への直接訪問によるコンサルティング、商工会議所等での出張相談会などを実施しています。

また、働き方改革関連法の周知、36協定の締結や就業規則作成の手続き方法、労働関係助成金の活用等についての企業向けセミナーも随時開催されており、多様な正社員制度導入に関する情報提供も行われています。これらのサービスはすべて無料で利用でき、中小企業の実情に応じた実践的なアドバイスを受けることができます。

さらに、「多様な正社員制度導入マニュアル」や「モデル就業規則」なども提供されており、これらの資料を活用することで、自社の実情に応じた制度設計のヒントを得ることができます。特に、全業種版のモデル就業規則は2024年に改訂されており、最新の法令や実務に対応した内容となっています。

6-3. 助成金申請の実務ポイント

キャリアアップ助成金の申請にあたっては、事前の準備が極めて重要です。2025年4月の改正により、キャリアアップ計画書の認定手続きが簡素化され、計画書の提出は必要ですが認定を受ける必要がなくなりました。これにより、申請手続きの迅速化が図られています。

就業規則の整備においては、正社員の定義として「賞与または退職金の制度」かつ「昇給」の適用が明確に示されている必要があります。また、転換制度についても手続き、要件、実施時期を就業規則で明示し、従業員に周知することが求められます。

転換後の賃金については、転換前6か月間の賃金より3%以上の増額が必要です。この際の「賃金」には基本給および定額支給の諸手当が含まれますが、通勤手当や精勤手当、固定残業代等は除外されます。

注意すべき点として、新規学卒者については雇入れ日から起算して1年未満の者は支給対象外となります。また、重点支援対象者に該当するかどうかで助成金額が大きく異なるため、対象労働者の要件を事前に十分確認することが重要です。

申請書類は毎年更新されるため、厚生労働省のホームページで最新版を確認することが重要です。申請から支給決定まで約半年を要するため、計画的な準備と専門家のサポートを活用することを強く推奨します。

7. まとめ

多様な正社員制度は、人手不足に悩む中小企業にとって、優秀な人材の確保と定着を実現する有効な手段です。従来の雇用形態の二極化を緩和し、労働者の多様なニーズに応えながら、企業の生産性向上にも寄与する可能性を秘めています。

制度の成功には、労働条件の明確な明示、適切な処遇体系の設計、柔軟な転換制度の整備、そして十分な労使コミュニケーションが不可欠です。また、法的リスクを適切に管理し、助成金等の支援制度を活用することで、制度導入のコストを軽減しながら効果的な運用を図ることができます。

人材戦略は企業の将来を左右する重要な経営課題です。多様な正社員制度の導入を通じて、「人材に選ばれる企業」となり、持続的な成長を実現していただければと思います。制度設計や導入に関してご不明な点がございましたら、お気軽に社会保険労務士にご相談ください。企業の実情に応じた最適な制度設計をサポートいたします。


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