職場の「無意識の偏見」が企業経営を脅かす〜アンコンシャス・バイアス対策で健全な組織づくりを〜

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

「あの人はやる気がない」「女性は感情的だから管理職には向かない」「最近の若者は根性がない」このような発言を職場で耳にしたことはありませんか。実は、これらの言葉の背景には「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」が潜んでいる可能性があります。

近年、働き方改革や多様性の推進が叫ばれる中で、このアンコンシャス・バイアスが企業経営に与える影響が注目されています。内閣府男女共同参画局も「令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査」を実施し、職場における無意識の偏見の実態を明らかにしています。

本記事では、中小企業の経営者や人事担当者の皆様に向けて、アンコンシャス・バイアスとは何か、それが企業に与える影響、そして具体的な対策について詳しく解説いたします。健全な組織運営のために、ぜひ参考にしていただければと思います。

2. アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)とは何か

アンコンシャス・バイアスとは、自分自身が気づいていない思い込みや偏見のことです。私たちは日常生活の中で、膨大な情報を処理するために、過去の経験や知識に基づいて無意識に判断を下しています。この脳の効率化システムが、時として偏見や差別につながってしまうのです。

2-1. 職場で起こりがちな無意識の偏見の具体例

職場では様々な場面でアンコンシャス・バイアスが発生します。例えば、営業成績が優秀なBさんと最下位のAさんがいたとします。ある日、両者とも遅刻をしてしまいました。上司は成績優秀なBさんには「何かあったのか?」と心配し、成績の悪いAさんには「寝坊でもしたのか!」と叱責します。同じ遅刻という事実でも、普段の成績という情報によって対応が変わってしまうのです。

また、育児休業から復帰する女性社員に対して、上司が「小さい子供がいて大変だから」と勝手に判断し、本人の希望を聞かずに営業職から総務職へ異動させてしまうケースもあります。これは一見配慮のように見えますが、実際には「母親は営業職に向かない」という無意識の偏見が働いている可能性があります。

血液型で性格を判断したり、出身地で人柄を決めつけたり、「普通は○○だ」「大抵は○○だ」という言葉を使ってしまうことも、アンコンシャス・バイアスの表れです。

2-2. なぜアンコンシャス・バイアスが生まれるのか

アンコンシャス・バイアスが生まれる主な原因は四つあります。

第一に、自己防衛と保身の心理です。人間は自分が傷つかないよう警戒する仕組みが備わっており、脳の扁桃体が危険を察知すると、意識的な思考が介入する前に恐怖や脅威に反応します。これが戦いや逃避、凍結といった反応を引き起こし、冷静な判断を妨げることがあります。

第二に、育ってきた環境の影響です。家庭環境や周囲の価値観、宗教的背景などが、その人の価値観形成に大きく影響します。共働き世帯で育ったか専業主婦世帯で育ったか、兄弟姉妹の有無などが、後の職場での判断基準に影響を与えることがあります。

第三に、習慣化された思考パターンです。同じ趣味や価値観を持つグループ内で形成された「常識」が、異なる価値観を持つ人を排除する傾向を生み出すことがあります。

第四に、情報処理のスピードです。私たちは無限に近い情報を処理する必要があるため、過去の経験に基づいて素早く判断を行います。この無意識の処理スピードが、正確性に欠ける判断を生み出す原因となります。

3. 企業経営に与える深刻な影響

3-1. 個人レベルでの弊害

アンコンシャス・バイアスは、まず個人のキャリア形成に大きな影響を与えます。性別や年齢、学歴などの属性による偏見により、能力があっても適切な評価を受けられない従業員が生まれます。医科大学の女性受験者一律減点問題は、その典型例といえるでしょう。

また、従業員自身が自分の属性に対するバイアスを内在化してしまうケースもあります。「女性は数学が苦手」という社会的偏見を受け入れ、理数系への進路を諦めたり、「女性は家事を担うもの」という思い込みからパートタイムでの就労を選択したりすることで、本来の能力を発揮する機会を失ってしまいます。

3-2. 組織レベルでの問題

組織レベルでは、より深刻な問題が発生します。人間関係の悪化、組織風土の悪化、ハラスメントの横行、従業員の士気低下、生産性の低下など、企業経営の根幹を揺るがす問題につながります。

特に問題となるのは、特定の属性への優遇や贔屓が発生することです。能力が同じでも性別や年齢、国籍などの属性で評価が左右され、その属性から外れた人は正当な評価を受けられなくなります。これにより、組織における能力の最大化が困難になり、優秀な人材の流出や組織の生産性低下を招きます。

日本企業における女性管理職比率の低さや、男性の育児休業取得率の低さも、組織レベルでのアンコンシャス・バイアスの表れといえます。また、優遇された側の従業員も、自身の能力に見合わない高度な業務を請け負わされ、過度な成果を求められる負担を抱えることになります。

4. アンコンシャス・バイアスへの効果的な対処法

4-1. 観察力を身につける重要性

アンコンシャス・バイアスへの対処法として最も重要なのは、「観察(Observation)」の能力を身につけることです。これは、物事や事象を判断を加えることなく、「ありのまま」の「事実」を見ることを意味します。

例えば、「あの社員はやる気がない」は判断ですが、「あの社員は会議で発言しなかった」は観察です。「彼女は協調性がない」は判断ですが、「彼女は今日のチームミーティングに参加しなかった」は観察です。このように、感情や推測を交えずに事実だけを捉える習慣を身につけることで、無意識の偏見に基づく判断を避けることができます。

4-2. 批判的思考の習慣化

クリティカル・シンキング(批判的思考)の習慣化も重要な対策です。これは「何を信じ、行うかを決定するための合理的で省察的な思考」のことで、アメリカの哲学者ロバート・エニスによって提唱されました。

物事の良し悪しを常に省みる習慣を身につけ、「本当にそれは正しいのか、間違っていないか」という問いを自分自身に繰り返し投げかけることで、無意識の思い込みに気づくことができます。この思考法は、フェイクニュースから身を守る効果もあり、情報が溢れる現代において重要なスキルといえます。

4-3. 非暴力コミュニケーション(NVC)の活用

NVC(Non-Violent Communication:非暴力コミュニケーション)は、1970年代にアメリカの臨床心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって体系化されたコミュニケーション手法です。観察、感情、ニーズ、リクエストの4要素に注目しながら対話を行うことで、相手の立場に立った理解を深めることができます。

この手法を活用することで、相手の視点を理解する「視点取得」能力が養われ、自分の無意識の思い込みに気づきやすくなります。また、刺激と反応の間に一時停止を設けることで、非合理な思考を抑制する効果も期待できます。

5. 企業が取り組むべき具体的な対策

5-1. 管理職への意識改革の推進

経営者として最初に取り組むべきは、管理職層への意識改革です。管理職は部下の評価や配置転換、昇進などの重要な決定権を持つため、彼らのアンコンシャス・バイアスが組織全体に与える影響は非常に大きくなります。

まず、日常的な会話の中でバイアスに気づく機会を作ることが重要です。「あの社員はやる気がない」という発言があった際は、「具体的にどのような行動から、そう判断されましたか」と問いかけることで、事実と推測を分けて考える習慣を促すことができます。

また、人事評価の際には複数の視点から検証する仕組みを導入し、一人の管理職の主観的な判断に依存しない体制を構築することも効果的です。評価基準を明文化し、具体的な行動や成果に基づいた客観的な評価を行うよう徹底することで、無意識の偏見による不公平な評価を防ぐことができます。

5-2. 組織全体での取り組み体制の構築

組織全体でアンコンシャス・バイアスに対処するためには、体系的な取り組みが必要です。まず、全従業員を対象とした研修プログラムを実施し、アンコンシャス・バイアスとは何か、それがどのような問題を引き起こすかについて理解を深めることが重要です。

研修では具体的な事例を用いて、職場で起こりがちなバイアスの実例を共有し、参加者が自身の無意識の偏見に気づく機会を提供します。また、前述の観察力や批判的思考、非暴力コミュニケーションの手法についても実践的に学べる内容を盛り込むことが効果的です。

さらに、採用プロセスにおいても構造化面接を導入し、応募者の属性ではなく能力や適性に基づいた公正な選考を行う仕組みを整備することが重要です。面接官の訓練を徹底し、無意識の偏見が採用判断に影響しないよう注意深く進める必要があります。

組織の理念や価値観を明文化し、全従業員に周知することも重要な取り組みです。経営者の考えが曖昧なままでは、従業員は何を基準に行動すべきかわからず、結果として個人の価値観やバイアスに依存した判断が横行することになります。明確な組織理念を共有することで、統一された価値基準に基づいた公正な組織運営が可能になります。

6. まとめ

アンコンシャス・バイアスは、人間の脳の自然な働きによって生まれるため、完全に無くすことはできません。しかし、その存在を認識し、適切な対策を講じることで、組織への悪影響を最小限に抑えることは可能です。

重要なのは、バイアスを持つこと自体を問題視するのではなく、それによって誤った判断をし、不当な結果や人権侵害を引き起こすことを防ぐことです。経営者や管理職が自身のバイアスに気づき、観察力や批判的思考を身につけることで、より公正で生産性の高い組織を築くことができます。

現代の企業経営においては、法的コンプライアンスの遵守だけでなく、従業員一人一人が能力を最大限発揮できる環境づくりが競争力の源泉となります。アンコンシャス・バイアスの問題に積極的に取り組むことで、多様な人材が活躍できる職場環境を実現し、持続的な企業成長につなげていくことが重要です。

この取り組みは一朝一夕には実現できませんが、経営者の強いリーダーシップのもと、継続的に推進していくことで、必ず組織の健全な発展につながるはずです。


(参考情報・出典)