雇用契約書と労働条件通知書の正しい管理方法~トラブルを防ぐための実務ポイント~

 この記事の内容をAI「NotebookLM」が音声で解説しています。

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

従業員を雇用する際、雇用契約書や労働条件通知書の取り扱いは、企業にとって避けて通れない重要な業務です。しかし、実務の現場では「口頭で条件を伝えたから問題ない」「入社時に一度交付すれば十分」といった認識のもと、不十分な対応がなされているケースが少なくありません。

こうした対応は、後々の労使トラブルの火種となります。労働者から「聞いていた条件と違う」「契約内容が曖昧だ」と主張され、紛争に発展した事例は数多く存在します。実際、裁判例では、書面がなくても実態から契約内容が認定されたり、求人票の記載が契約内容とみなされたりするケースもあり、企業側にとって予期しない不利益が生じることもあります。

本記事では、雇用契約書と労働条件通知書の違いから、契約成立のタイミング、採用プロセスでの注意点、記載事項、契約更新時のリスクまで、中小企業の経営者や人事担当者が押さえておくべき実務上のポイントを網羅的に解説します。適切な契約管理を通じて、安心して人材を迎え入れられる体制を整えましょう。

2. 雇用契約書と労働条件通知書の違いを正しく理解する

2-1. それぞれの法的性質と根拠法令

雇用契約書と労働条件通知書は、似たような書類に見えますが、法的な性質や目的が異なります。まず、労働条件通知書は、労働基準法第15条および施行規則第5条に基づき、使用者が労働者に対して労働条件を明示する法定義務を果たすための書面です。使用者のみが作成・交付すれば足り、労働者の署名や押印は必須ではありません。この書面は通知義務の履行を証明するものですが、契約内容の証明としては弱いという特徴があります。

一方、雇用契約書は、労働契約法第3条・4条および民法第623条を根拠とする契約文書です。使用者と労働者の双方が署名・押印することで、合意内容を明確に示すことができ、契約として強い証拠力を持ちます。ただし、雇用契約書の作成自体は法的義務ではありません。

つまり、労働条件通知書は「法律上必須だが証明力が弱い」、雇用契約書は「任意だが証明力が強い」という関係にあります。この両者の特性を理解したうえで、実務ではどう対応すべきかを考える必要があります。

2-2. 実務で推奨される「兼用」の形式

法的義務と実務上のリスク管理の両面を考慮すると、最も推奨される方法は「労働条件通知書 兼 雇用契約書」という兼用形式です。これは、労働基準法が求める明示事項をすべて記載しつつ、労使双方が署名・押印することで契約としての証拠力も確保できる優れた方法です。

この兼用形式を採用することで、法定義務を満たしながら、後々「そんな条件は聞いていない」といったトラブルを防ぐことができます。また、契約内容について労働者の明確な同意を得たという証拠を残すことができるため、企業のリスク管理としても有効です。

実務では、労働条件通知書だけを交付している企業も見られますが、紛争予防の観点からは、必ず労働者の署名をもらい、契約書としての性質も持たせることをお勧めします。

3. 雇用契約が成立するタイミングとリスク

3-1. 内定から入社までの法的関係

雇用契約がいつ成立するのかは、労使トラブルの重要な争点となります。一般的な採用プロセスでは、書類選考、面接、内定通知、内定承諾、入社という流れをたどりますが、法的な雇用契約の成立時期はケースによって異なります。

法律上、雇用契約は「申込み」と「承諾」によって成立します。企業が採用を決定し内定通知を出した時点が「申込み」、労働者がこれを受諾した時点が「承諾」となり、原則としてこの時点で雇用契約が成立します。この契約は「将来始期付き」の契約、つまり入社日から実際の労務提供が始まる契約とされます。

ただし、実務上は内定通知を出しただけで労働者が明確に承諾していない段階でも、その後の行動によって黙示の承諾があったとみなされるケースがあります。また、入社日まで契約が成立していないと考えていても、裁判では内定段階で契約成立が認定されることがあるため、注意が必要です。

3-2. 判例から学ぶ契約成立の実態

実際の裁判例を見ると、契約成立の判断基準が明確になります。日本IBM事件では、大学院生が内定通知を受け取った後、誓約書の提出や健康診断の受診などに協力していた事実が重視され、明確な承諾の意思表示がなくても「黙示の承諾」があったと認定されました。企業が期待に反する行動があったとして内定を取り消しましたが、裁判所は労働契約の成立を認めています。

一方、神戸製鋼事件では、内定通知の承諾があっても、誓約書の提出など具体的な履行段階に入っていない場合には、労働契約は未成立と判断されました。この事例では、学生が内定を辞退したことに対し、企業が損害賠償を請求しましたが、契約が成立していないとして請求は認められませんでした。

さらに、大日本印刷事件では、最高裁判所が内定通知と誓約書の提出をもって「始期付解約権留保付き労働契約」が成立したと認定しました。この判例は、内定が単なる入社予約ではなく、労働契約として法的拘束力を持つことを明確にした重要な先例となっています。

これらの判例から分かることは、契約成立の判断は形式的な書面だけでなく、当事者の行動や実態を総合的に考慮して行われるということです。企業としては、採用プロセスの各段階で法的リスクを意識し、慎重に対応する必要があります。

4. 採用プロセスで注意すべきポイント

4-1. 求人票と実際の契約内容の整合性

採用活動において、求人票に記載した内容と実際の雇用契約の内容が異なる場合、深刻なトラブルに発展する可能性があります。福祉事業者A苑事件では、求人票に「正社員」「期間の定めなし」と記載されていたにもかかわらず、実際には有期契約が締結され、契約期間満了を理由に雇止めが行われました。裁判所は、求人票の記載内容が雇用契約の内容となることを前提に求職者は応募するものであり、特段の事情がない限り、求人票記載の労働条件は契約内容となると判断しました。

この事例では、面接時に異なる説明がなかったことも重視され、期間の定めのない労働契約が成立したと認定されています。また、労働者が既に他の職場を退職しており、提示された労働条件通知書に署名押印したとしても、それが自由な意思に基づく同意とは認められないとされました。

一方、千代田工業事件では、求人票に「常用」と記載されていても、その後に期間の定めのある契約が明確に締結された場合には、実際の契約内容が優先されると判断されました。ただし、この場合でも求人票の記載は重要な意味を持ち、契約変更について労働者の真意に基づく同意があったかが厳しく審査されます。

これらの判例から、求人票の作成時には十分な注意が必要であることが分かります。正社員として募集しながら有期契約を締結する、あるいは求人票に記載した給与や労働時間と異なる条件で契約するといった対応は、後々大きな問題となります。

4-2. トラブルを防ぐ面接・契約締結のフロー

採用プロセスでトラブルを防ぐためには、段階的かつ丁寧な確認作業が不可欠です。推奨されるフローは以下の通りです。

まず、書類選考の段階で応募者の基本情報を確認します。次に一次面接を実施し、おおよその採否判断を行いますが、この段階で安易に内定を出すことは避けるべきです。面接後、必ず業務上配慮すべき病歴や賞罰の有無を確認し、SNSやインターネットでの氏名検索も行います。これは採用後のトラブルを防ぐために重要なステップです。

その後、二次面接で求人票をもとに労働条件の詳細な読み合わせを行います。業務内容、給与や賞与、退職金の有無、勤務時間、契約期間、休日、おおよその残業時間など、すべての条件を具体的に説明し、双方が合意できるかを確認します。この段階で応募者の質問にも丁寧に答え、認識のずれをなくすことが重要です。

合意ができることが確認できてから、初めて内定通知を出し、内定承諾書を受け取り、雇用契約を締結します。このプロセスを省略して、一次面接後すぐに内定を出すと、後で条件面での齟齬が発覚し、トラブルになる可能性が高まります。

特に、正社員求人から応募した人材を有期契約で採用する場合は、二次面接の段階で契約形態が異なることを明確に説明し、応募者の理解と同意を得ることが必須です。時間と手間はかかりますが、この丁寧なプロセスが後々の紛争を防ぐ最良の方法です。

5. 記載すべき事項と契約書作成の実務

5-1. 必ず記載しなければならない事項

労働条件通知書には、労働基準法施行規則第5条により、必ず明示しなければならない「絶対的明示事項」があります。これらは書面または電子的方法により交付することが義務付けられています。

具体的には、契約期間に関する事項として、期間の定めの有無と具体的な契約期間の年月日を明記します。有期契約の場合は、更新の有無と更新の判断基準も記載が必要です。就業場所と業務内容については、勤務地と従事する職務を具体的に示します。

始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇に関する事項も必須です。特に変形労働時間制を採用している場合は、その旨と具体的な勤務シフトの考え方を明示します。賃金については、基本給、諸手当、支払方法、締切日と支払日を記載します。昇給に関することも明示事項に含まれます。

退職に関する事項では、解雇の事由、退職手続、定年制の有無などを記載します。有期契約の場合は、契約更新の有無と判断基準が特に重要です。

これらの事項に漏れがあると、労働基準法違反として罰則の対象となる可能性があります。また、記載漏れがあった項目について後で労働者と認識が異なった場合、企業側に不利な判断がなされるリスクもあります。

相対的明示事項として、定めがある場合に記載が必要な事項もあります。退職手当の計算方法や支給条件、賞与の有無と算定基準、食費や作業用品などの労働者負担、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、休職制度などがこれに該当します。これらの制度を設けている場合は、必ず記載しなければなりません。

5-2. リスク管理のために追加すべき任意事項

法定の明示事項に加えて、実務上のリスク管理の観点から記載することが推奨される任意事項があります。

試用期間については、期間の長さ、延長の可能性、試用期間中の条件、本採用拒否の可能性などを明記することで、後々のトラブルを防げます。秘密保持義務は、在職中だけでなく退職後の機密保持についても規定し、情報漏洩のリスクに備えます。

競業避止義務については、退職後一定期間、同業他社への転職や競合する事業の開始を制限する条項です。ただし、過度に広範な制限は無効とされる可能性があるため、合理的な範囲での規定が必要です。副業の可否についても、届出制とするのか、全面的に禁止するのか、あるいは一定の条件下で認めるのかを明確にしておくことで、後々の紛争を防げます。

契約解除の特約として、内定取消条項や反社会的勢力排除条項を設けることも、リスク管理上有効です。特に反社排除条項は、近年のコンプライアンス強化の流れの中で重要性が増しています。

これらの任意事項を適切に盛り込むことで、法定の義務を超えた丁寧な契約管理が可能となり、企業の利益を守ることができます。

6. 契約更新時の注意点と実務上の落とし穴

6-1. 有期雇用契約の更新で避けるべきこと

有期雇用契約を管理する際には、いくつかの重大なリスクがあります。まず、当初定めた契約期間や更新回数の上限を予定外に超えて更新することは避けるべきです。これは対象者だけの問題ではなく、職場全体の契約管理に影響を及ぼします。一人の従業員について例外的な取り扱いをすると、他の従業員からも同様の扱いを求められる可能性があり、契約管理の一貫性が失われます。

また、契約期間の満了後も新しい契約を締結しないまま労働を継続させることは、非常に危険です。条件がまとまらず契約関係が宙に浮いているものの、勤務が継続しているという状況がしばしば見られますが、これは民法第629条の問題を引き起こします。

6-2. 空白期間が生む法的リスク

民法第629条は、「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する」と規定しています。この条文の解釈として、この場合には無期雇用契約になるという有力な学説があります。

つまり、有期契約の期間が満了したにもかかわらず、新たな契約書を交わさずに労働者が働き続け、使用者がそれを黙認していると、期間の定めのない契約、すなわち正社員と同様の無期契約が成立したとみなされる可能性があるのです。これは企業にとって予期しない重大なリスクとなります。

このような事態を避けるためには、契約更新の手続きを厳格に管理する必要があります。契約期間満了の少なくとも一か月前には更新の可否を判断し、更新する場合は新しい契約書を作成して労働者の署名を得ることを徹底すべきです。契約期間に空白を作ることは絶対に避けなければなりません。

さらに、年に一回、定期的に雇用契約書を再締結することも、丁寧な労務管理として推奨されます。これにより、労働条件の変更や確認を定期的に行うことができ、「知らなかった」「聞いていない」といったトラブルを未然に防ぐことができます。

7. まとめ

雇用契約書と労働条件通知書の適切な管理は、労使トラブルを防ぎ、健全な雇用関係を維持するための基盤です。

まず基本として、労働条件通知書と雇用契約書を兼ねた形式を採用することで、法定義務を満たしながら契約としての証拠力も確保できます。そして採用プロセスでは、求人票と実際の契約内容を必ず一致させ、面接時に十分な条件確認を行うことが重要です。特に正社員求人から有期契約への変更など、条件に齟齬がある場合は慎重な説明と同意取得が欠かせません。

次に契約書の作成では、法定の絶対的明示事項に加え、試用期間や秘密保持、副業の可否などの任意事項も明記しておくことで、将来のリスクを大幅に減らせます。また有期雇用契約の更新時には、契約期間に空白を作らないよう、期間満了前に確実に手続きを行いましょう。空白期間があると無期契約とみなされるリスクが生じます。

さらに注意すべき点として、書面がなくても実態から契約内容が認定されたり、口頭での約束が契約の一部とされたりするケースがあります。したがって、すべての労働条件を書面で明確にし、労働者の署名による同意を得ることを徹底してください。

適切な雇用契約管理は、従業員との信頼関係を築き、企業の持続的な成長を支える重要な要素です。雇用契約書や労働条件通知書の作成・管理についてご不明な点やお困りのことがございましたら、どうぞお気軽に当事務所までご相談ください。

(参考資料)
厚生労働省「労働契約法のあらまし」(令和6年改訂版)
厚生労働省「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」
厚生労働省「令和5年改正労働基準法施行規則等に係る労働条件明示等に関するQ&A」