もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
中小企業の経営者や人事担当者の皆様、労働基準監督署からの調査通知を受け取った時、適切に対応する準備はできていますか。労働基準監督署の調査は決して他人事ではありません。最新の統計によると、調査を受けた事業場の約7割で何らかの労働基準関係法令違反が発見されているのが現実です。
しかし、事前の準備と正しい知識があれば、調査に過度に恐れる必要はありません。むしろ、この機会を労働環境の改善と企業体質の強化につなげることができるのです。本記事では、労働基準監督署の調査について、その仕組みから具体的な対策まで、中小企業の実情に合わせて詳しく解説いたします。
2. 労働基準監督署の調査(臨検監督)とは何か
2-1. 臨検監督の目的と法的根拠
労働基準監督署が実施する調査は「臨検監督」と呼ばれ、労働基準法第101条第1項に基づく法的権限として認められています。この調査の目的は、企業が労働基準関係法令(労働基準法や労働安全衛生法など)に基づく運営を行っているかを調査し、調査結果に応じて企業に適切な指導を行い、労働条件の確保・向上と働く人の安全や健康の確保を図ることにあります。
労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる権限を持っています。これは単なる行政指導ではなく、法的強制力を持つ調査であることを理解しておく必要があります。
2-2. 臨検監督後の重要な対応
法違反が認められた場合、事業主に対して指導が行われます。危険性の高い機械・設備があった場合は、その場で使用停止となる場合もあります。指導後も改善が見られない場合、重大・悪質な事案については送検の可能性があるため注意が必要です。送検されると事案概要や企業名が公表される場合もあるので、指導があった際は速やかに指導内容の是正を行うことが大切です。
3. 4つの調査パターンと企業への影響
3-1. 定期監督・申告監督・災害時監督・再監督の特徴
労働基準監督署の調査は、実施されるタイミングによって4つの種類に分けられます。
定期監督は、労基署の計画に基づいて定期的に事業場を選んで行う調査です。4つの調査のうち最も一般的で、労働関係法令に違反していないかの調査が行われます。業界全体の労働環境改善や、特定の法令違反の撲滅を目的として実施されることが多く、時には同業他社と同時期に調査が行われることもあります。
申告監督は、労働者等から労基署に対して企業の法令違反について申告・相談があった際に実施される調査です。不当解雇・残業代の未払い等といった個別の事象が対象となる場合が多く、申告内容に特化した詳細な調査が行われます。
災害時監督は、労働災害によって労働者が死傷した場合に行われる調査です。労働基準監督官だけでなく、産業安全専門官や労働衛生専門官が必要に応じて訪問し、労災の発生状況や原因究明、法令違反の有無について調査します。
再監督は、調査後に受けた是正勧告への対応を確認する場合や、是正勧告を受けたのに指定期日までに是正報告書を提出しなかった場合、事業所が悪意ある対応を行った場合などに、再度調査を行うものです。
3-2. 予告の有無と企業側の対応時間
調査の予告については、調査の種類によって異なります。定期監督の場合は、あらかじめ書類の準備が必要な場合や、出席者の指定がある場合は、労基署から書面・電話・FAX等で事前に企業へ通知されます。
一方、申告監督の場合は、企業による書類の改ざん・破棄などを防ぎ企業運営の実態を正しく把握するために、予告なく立ち入り調査が実施される場合があります。予告のない調査であっても、企業側は調査を拒否することはできません。
4. 調査の実際の流れと重要な罰則規定
4-1. 立ち入り調査当日の具体的な進行
調査当日は、通常2名の労働基準監督官が事業場を訪問します。調査は4つのステップで進行されます。
第一段階は事業場内での立ち入り調査です。実態を把握するため必要に応じて労働者にも事情聴取を実施します。労働環境の実態把握のため、職場の巡回、機械設備の安全性確認、労働者の作業状況の観察などが行われます。
第二段階は帳簿や書類の確認です。労働者名簿、賃金台帳、出勤簿などの法定帳簿をはじめ、就業規則、雇用契約書、36協定届などの書類について、記載内容の正確性や法令適合性が詳細に検査されます。
第三段階は事業主や責任者への事情聴取です。帳簿・書類の不明点や真偽を確認するため、労働時間管理の方法、賃金計算の仕組み、労働条件の決定過程などについて具体的な質問が行われます。
第四段階は改善指導です。労働環境だけでなく、労使協定の締結・届出などの必要な手続きを行っているかどうかもチェックの対象となります。
4-2. 調査拒否時の厳しい罰則
労働基準監督官は労働基準法違反に対して司法警察官の職務を行うことができ、企業が法令違反を解消しない場合や悪質な対応をした場合は、事業主を逮捕・送検することができます。
処罰の対象となる行為として、調査を拒否、妨害、忌避すること、帳簿書類を提出しないこと又は虚偽の記載をした帳簿書類を提出すること、労基署への報告を怠ること又は虚偽の報告をすること、労基署からの呼び出しに応じないこと、労働基準監督官からの尋問に対して陳述しないこと又は虚偽の陳述をすることが挙げられます。これらの行為には30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
5. 文書指導の種類と企業名公表のリスク
5-1. 交付される3つの重要書類
法令違反が認められた場合は是正勧告・改善指導・使用停止命令などの文書指導が行われます。
是正勧告書は、労基署による調査で法令違反が認められた場合に交付されます。主に違反事項とその準拠法条項、是正期日等が記載されます。この書類は最も重要な指導文書であり、必ず期限内に対応する必要があります。
指導票は、36協定の範囲内ではあるが長時間労働が続いているようなケースなど、法令に直接違反するものではないものの改善の必要がある事項がある場合に交付されます。法的義務ではありませんが、将来的な違反防止のため真摯に対応することが重要です。
使用停止等命令書は、労働者が就業する施設や設備に安全衛生基準の違反が見つかり、労働者に急迫した危険があると判断された場合に交付されます。この書類が交付された場合、該当施設や設備の使用は即座に停止しなければなりません。
5-2. 企業名公表という重大なリスク
複数の事業場を有する社会的に影響力の大きい企業において一定の法違反があった場合、再監督を待つことなく是正勧告を受けた段階で都道府県労働局長によって社名が公表される可能性があります。
複数事業場で違法な長時間労働や過労死等があった場合、概ね1年程度の期間に2箇所以上の事業場で重大な違反が認められた場合に企業名が公表されます。具体的には、監督指導において1事業場で10人以上又は当該事業場の4分の1以上の労働者について、1ヶ月当たり80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ労働時間関係違反の是正勧告を受けている場合などが該当します。
また、複数事業場で裁量労働制の不適正な運用があった場合も企業名公表の対象となります。裁量労働制の対象労働者の概ね3分の2以上が対象業務に該当しない業務に従事している場合や、1ヶ月当たり100時間以上の時間外・休日労働が認められる場合などが具体的な基準となっています。
6. 違反統計から見る重要チェックポイント
6-1. 最も多い違反事項とその現状
最新の2023年度の統計データによると、長時間労働が疑われる事業場26,117か所のうち、11,610か所(44.5%)で違法な時間外労働が確認されました。また、労働基準監督署の調査全体では約7割の事業場で法令違反が認められている状況が続いています。
従来から指摘の多い違反事項として、時間外労働に関するもの(36協定の未届出や届出内容を超えた時間外労働の実施)、割増賃金の未払い、機械設備の安全基準違反、健康診断の未実施などが挙げられます。これらの数値から、労働時間管理と賃金計算の適正化、そして労働安全衛生への配慮が特に重要であることがわかります。
時間外労働に関する対策としては、まず36協定の適切な締結と届出が必要です。協定で定めた限度時間を遵守するための労働時間管理体制の構築も欠かせません。デジタル技術を活用したタイムカードシステムの導入や、管理者による日常的な労働時間チェック体制の確立が有効です。
割増賃金の計算については、基本給の正確な把握、各種手当の取り扱いの明確化、1分単位での正確な計算が重要となります。特に、固定残業代制度を導入している企業では、みなし残業時間を超えた分の追加支払いが適切に行われているか注意が必要です。
6-2. 調査で重点的にチェックされる具体的項目
調査で見られやすいポイントとして、まず労働条件に関することでは、就業規則や雇用契約書に記載の労働条件が労働基準法を遵守しているか、就業規則を労基署に提出しているか(従業員10人以上の事業場の場合)、労働者がいつでも就業規則を確認できる状態になっているかが重点的にチェックされます。
労働時間に関することでは、法定労働時間を超えている労働者がいないか、休憩時間が労働基準法で定められた基準を下回っていないか、有給休暇の取得日数が法定基準を下回っていないか、勤怠管理が1分単位で行われているかが厳格に確認されます。特に給与計算時の打刻まるめは指摘される場合があるため、1分単位での正確な計算が求められます。
36協定等に関することでは、法定労働時間を超えた残業や休日出勤がある場合、36協定が締結されているか、36協定の範囲内で時間外労働・休日労働が行われているかが重要なチェックポイントとなります。
賃金に関することでは、未払いとなっている残業代がないか、割増賃金の計算方法が間違っていないか、最低賃金を下回っていないか、固定残業手当を導入している場合にみなし残業時間を超えた分の支払いがあるかが詳細に確認されます。
安全衛生に関することでは、雇入時および定期の健康診断を実施しているか、機械や設備などが安全基準を満たしているかがチェックされます。その他として、法定3帳簿が整備されているか、不当解雇の実態がないかも重要な確認項目となっています。
6-3. 調査で必ず用意しておきたい書類一覧
調査では基本的に、調査項目に関連する書類をもとに法令違反がないかどうかをチェックします。スムーズに調査を進められるように、必要書類をすぐに提出できる状態に整備しておくことが重要です。
労働条件に関する書類として、就業規則、雇用契約書、労働条件通知書の準備が必要です。特に就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働基準監督署への届出義務があり、労働者がいつでも閲覧できる状態にしておく必要があります。
労働時間に関する書類では、出勤簿、年次有給休暇の管理簿、残業申請書(残業を申請制にしている会社の場合)の整備が求められます。これらの書類は労働者の実際の労働状況を示す重要な証拠となるため、記録の正確性と継続性が不可欠です。
労使協定に関する書類として、36協定届、変形労働時間制に関する協定届、各種労使協定書の管理が重要です。これらの協定は労働条件の根拠となるため、締結内容と実際の運用に乖離がないよう注意が必要です。
賃金に関する書類では、賃金台帳と給与明細書が中心となります。賃金台帳は法定記載事項を満たし、計算過程が明確に記録されている必要があります。
安全衛生に関する書類では、定期健康診断個人票、安全衛生委員会の議事録(常時50人以上の労働者を使用する場合)、産業医の選任がわかるもの(常時50人以上の労働者を使用する場合)の準備が必要です。
その他として、労働者名簿と組織図も重要な書類となります。労働者名簿は法定3帳簿の一つであり、正確な記載と適切な管理が求められます。
7. 企業が日頃から取り組むべき予防策
7-1. 定期的な自主点検による事前改善
予告なしで調査が入ってもスムーズに対応できるよう、半年に1回など定期的に法令違反がないか自主点検をし、改善しておくことが重要です。調査で問題が見つかった場合でも、労働基準監督官に改善の意思があることを主張しやすくなります。
法律を下回る契約内容や労働実態になっていないかの確認事項として、就業規則および雇用契約書の内容が労働基準法を下回っていないか確認し、定期的に現場の労働実態を確認することが必要です。改善方法としては、就業規則および雇用契約書のひな型を修正し、労働時間や休憩時間の見直しをし、労働実態に即した内容の雇用契約を再締結することが挙げられます。
各種協定届(36協定や変形労働時間関係届、各種労使協定書など)の内容と労働実態があっているかの確認も重要です。勤怠データで残業時間が協定書の範囲内か確認し、雇用契約書の勤務形態と働き方が変わっている従業員がいないか確認します。改善方法としては、協定の範囲に収まるよう残業時間の削減など働き方改善に取り組み、従業員の勤務形態にあった雇用契約書を再作成することが必要です。
給与計算があっているかについては、時間外労働・休日労働・深夜労働時間の割増率や計算式にミスがないか確認します。改善方法として、未払いの給与があれば精算をし、給与計算方法を見直すことが重要です。
7-2. 毎日の正しい労務管理体制の構築
監督指導を受けないようにするためには、正しく労務管理を行い、それを証明する書類を準備しておく必要があります。特に勤怠や給与に関する書類は、変更や訂正があった場合には都度変更内容を反映し、日頃から最新の状態を保つことが大切です。
日頃からの管理が大切な書類として、就業規則、雇用契約書、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、年次有給休暇管理簿があります。これらの書類はそれぞれ最新の状態に保ち、書類間で情報の差異がないようにする必要があります。
特にデジタル化が進む現代においても、1分単位での正確な労働時間把握が重要です。従来のタイムカードでの切り捨て処理は労働基準法違反となる可能性があるため、システム導入時は1分単位での正確な計算機能を確保することが必要です。
テレワークや在宅勤務の普及により労働時間管理がより複雑になっている現状では、労働者の自己申告に依存する部分が増えるため、適切なガイドラインの策定と定期的な実態確認が必要です。労働時間の適正な把握は使用者の責務であることを踏まえ、新しい働き方に対応した管理体制の構築が求められます。
データの保存と管理についても注意が必要です。労働関係書類については法律で保存期間が定められています。例えば、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿は5年間(経過措置として当面は3年間)の保存が義務付けられており、デジタルデータの場合も適切に管理する必要があります。
8. まとめ
労働基準監督署の調査は、企業にとって大きな負担に感じられるかもしれませんが、適切な準備と日頃からの法令遵守により、スムーズに対応することが可能です。何より重要なのは、調査を恐れるのではなく、労働環境の改善と企業成長の機会として捉える姿勢です。
統計で示されているように、多くの企業で何らかの法令違反が発見されているという現実を踏まえると、完璧な対応は困難かもしれません。しかし、改善への意欲と具体的な取り組みを示すことで、労働基準監督官との建設的な対話が可能になります。
中小企業においては、限られた人員と予算の中で労務管理を行う必要があるため、効率的な管理体制の構築が重要です。本記事で紹介した「調査で見られやすいポイント」を参考に、日常的な自主点検体制を整備し、必要書類の適切な管理を行うことで、調査リスクを大幅に軽減できます。
特に重要なのは、就業規則と実際の労働実態の整合性、36協定の遵守状況、1分単位での正確な勤怠管理、法定3帳簿の適切な整備です。これらの基本的な管理ができていれば、調査時に大きな問題となる可能性は低くなります。
日頃の労務管理について、ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽に当事務所までお問い合わせください。企業の実情に応じた具体的なアドバイスと継続的なサポートを通じて、安心できる労務管理体制の構築をお手伝いいたします。
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