もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
就業規則は、企業と従業員の関係を規律する重要な規程です。しかし、一度作成したらそれで終わりというわけではありません。法改正や社会情勢の変化、そして裁判例の蓄積により、就業規則に求められる内容は常に変化しています。
特に近年は、働き方改革関連法の施行、同一労働同一賃金への対応、精神疾患を抱える従業員への対応など、中小企業の人事労務担当者が直面する課題は複雑化しています。古い就業規則をそのまま使い続けていると、労働トラブルが発生した際に会社を守れないばかりか、かえって不利な状況に陥る可能性もあります。
本記事では、社会保険労務士の視点から、2025年11月時点で中小企業が特に注意すべき就業規則の見直しポイントについて、最新の裁判例や実務動向を踏まえて解説いたします。
2. なぜ今、就業規則の見直しが必要なのか
2-1. 法改正への対応の重要性
就業規則の見直しが必要な第一の理由は、法改正への対応です。労働基準法をはじめとする労働関連法規は、社会情勢に応じて継続的に改正されています。就業規則が最新の法令に適合していない場合、労働基準法違反として行政指導の対象となる可能性があります。
また、就業規則は労働契約の内容を構成する重要な要素です。労働契約法第7条は、合理的な内容の就業規則が労働者に周知されている場合、その内容が労働契約の内容となることを定めています。つまり、就業規則の記載内容が不十分であったり、時代遅れであったりすると、企業が本来持つべき権限を適切に行使できなくなる恐れがあるのです。
さらに重要なのは、就業規則が労働基準法や労働協約に違反していた場合、その部分は無効となるという点です。無効となった部分については法令や労働協約の基準が適用されるため、企業にとって想定外の義務が生じることもあります。
2-2. 同一労働同一賃金への実務対応
2020年4月から中小企業にも適用されているパート・有期雇用労働法第8条は、正社員と非正規社員との間で不合理な待遇差を設けることを禁止しています。この規定への対応は、多くの中小企業にとって喫緊の課題となっています。
重要なポイントは、正社員用の就業規則と非正規社員用の就業規則を明確に区分しておくことです。長澤運輸事件の最高裁判決では、正社員の就業規則とは別に嘱託社員規則が定められていたことを理由として、嘱託社員の労働条件が無効と判断されても正社員の就業規則は適用されないと判断されました。
逆に言えば、就業規則の適用範囲が曖昧であると、非正規社員の労働条件が無効と判断された場合に、正社員の就業規則が適用されてしまう危険性があります。したがって、正社員就業規則においては「この規則は正社員のみに適用する」と明記し、非正規社員については別規程を作成することが重要です。
また、同一労働同一賃金の観点からは、職務の内容および配置の変更の範囲を就業規則上で明確に区分しておくことが有効です。転勤の有無や範囲、職務変更の有無や範囲を雇用形態ごとに明確にしておけば、これらが異なることを理由として一定の待遇差を正当化できる可能性が高まります。
3. 精神疾患に対応した休職・復職規定の整備
3-1. 断続的な欠勤への対応
近年、精神疾患を理由とする休職者が増加しています。厚生労働省の患者調査によれば、精神疾患の患者数は年々増加傾向にあり、企業の人事労務管理において精神疾患への対応は避けて通れない課題となっています。
精神疾患の特徴として、完全に連続して欠勤するのではなく、出勤と欠勤を断続的に繰り返すケースが多いという点があります。しかし、従来の就業規則では「業務外の傷病により連続して2か月欠勤したとき」といった連続欠勤のみを休職事由として定めているケースが少なくありません。
このような規定では、断続的な欠勤を繰り返す従業員に対して休職命令を発することができず、適切な対応が困難になります。そこで、就業規則には「連続した欠勤」だけでなく、「一定期間内に通算して所定日数以上欠勤したとき」といった規定を設けておくことが推奨されます。
3-2. 復職判断の適切な手続き
休職制度は、解雇を一定期間猶予する制度です。したがって、休職期間満了時に復職可能な状態に回復していない場合は、退職または解雇となるのが原則です。しかし、復職の可否判断をめぐってトラブルになるケースが後を絶ちません。
トラブルの原因の多くは、主治医の診断書に「復職可」と記載されているにもかかわらず、会社が復職を認めないという状況で発生します。重要なのは、復職判断の権限は会社にあるという点です。主治医の診断書は一つの判断材料ではありますが、絶対的なものではありません。
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも、主治医の診断書は必ずしも職場で求められる業務遂行能力まで回復しているかの判断ではないことに留意すべきとされています。
そこで、就業規則には復職の要件として「従来の業務を健康時と同様に遂行できる程度に回復すること」を明記するとともに、会社が産業医や指定医の受診を命じることができる旨、必要に応じて主治医との面談を行うことができる旨を定めておくことが重要です。
また、復職後に再び体調不良となるケースも少なくありません。このような場合に備えて、復職後一定期間内に同一または類似の事由により再度休職事由が生じた場合は、復職を取り消して休職期間が継続するものとする規定を設けておくことも有効です。
4. 家族手当の見直しと同一労働同一賃金
4-1. 最高裁判例が示す重要なポイント
家族手当は、多くの企業で採用されている福利厚生的な手当ですが、同一労働同一賃金の観点から見直しが求められています。2020年10月の日本郵便事件最高裁判決では、契約社員に扶養親族があり、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、正社員との職務内容や配置変更の範囲に相違があることを考慮しても、扶養手当を支給しないことは不合理であると判断されました。
この判決のポイントは「相応に継続的な勤務が見込まれる」という点です。契約期間が6か月以内であっても、実際に契約更新を繰り返して勤務している実態があれば、継続勤務の見込みがあると判断される可能性があります。
一方、長澤運輸事件最高裁判決では、定年後再雇用者について、老齢厚生年金の支給が予定されていることなどを理由に、家族手当を支給しないことは不合理ではないと判断されています。このように、雇用形態や年金受給の有無などによって判断が分かれる点に注意が必要です。
4-2. 家族手当廃止のトレンドと対応策
近年、配偶者控除の見直しや働き方に中立的な制度の構築という観点から、家族手当、特に配偶者手当を廃止する企業が増加しています。厚生労働省のモデル就業規則においても、配偶者手当は就業調整の要因となっているため、配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直しを進めることが望まれるとされています。
家族手当を廃止または見直す場合、これは賃金の不利益変更に該当するため、労働契約法第10条に基づく合理性の判断が必要となります。合理性を担保するためには、単に廃止するのではなく、家族手当の賃金原資を子ども手当として再配分したり、基本給に上乗せしたりするなどの対応が考えられます。
また、減額となる従業員に対しては、激変緩和措置として段階的に削減する経過措置を講じることが重要です。たとえば、就業規則の附則において、施行日前日に家族手当を受給していた者については一定期間調整給を支給するといった規定を設けることで、従業員の納得性を高め、変更の合理性を担保することができます。
5. 固定残業代制度の適切な運用
5-1. 有効性が認められる要件
固定残業代制度は、一定時間分の時間外労働に対する割増賃金をあらかじめ定額で支払う制度です。適切に運用すれば給与計算の簡素化などのメリットがありますが、要件を満たさない場合は無効と判断され、割増賃金の未払いが発生するリスクがあります。
固定残業代が有効と認められるためには、第一に固定残業代が時間外労働等の対価として支払われるものであるという合意が必要です。第二に、通常の賃金部分と割増賃金部分が明確に区分されていることが必要です。
明確区分性の要件については、時間数または金額のいずれかが明示されていれば満たされるとされています。ただし、時間数を明示する場合は注意が必要です。たとえば「月45時間分の時間外労働に対する割増賃金」と定めた場合、その中に休日労働や深夜労働の割増賃金が含まれていると、それぞれ割増率が異なるため、実際の金額を算出することができなくなってしまいます。
5-2. トラブルを防ぐ規定方法
固定残業代制度を導入する際は、就業規則や雇用契約書において以下の点を明記することが重要です。
まず、固定残業代の計算方法として、固定残業時間数と金額を明らかにすることです。若者雇用促進法に基づく指針では、一定時間分の割増賃金を定額で支払う場合、固定残業代の計算方法、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える分については追加で割増賃金を支払うことなどを明示することが求められています。
次に、固定残業代を上回る割増賃金が発生した場合の差額支払いについて明記することです。これは法律上当然のことですが、就業規則に明記しておくことでトラブル予防につながります。
また、営業手当など他の目的も含む手当を固定残業代とする場合は、割増賃金の支払とは無関係な性格の賃金が混入していると明確区分性が否定される可能性があるため、できる限り「固定残業手当」など専用の手当として設けることが望ましいでしょう。
なお、固定残業代の時間数については、三六協定の上限規制との関係も考慮する必要があります。また、過労死などの健康を損なう可能性が高まる時間数を設定した場合は公序良俗違反として無効となるリスクもあるため、適正な時間数の設定が求められます。
6. まとめ
就業規則は、企業と従業員の権利義務を定める重要な規程であり、労働トラブルを未然に防ぐための最も基本的なツールです。しかし、法改正や社会情勢の変化、裁判例の蓄積により、求められる内容は常に変化しています。
本記事でご紹介した精神疾患への対応、同一労働同一賃金を踏まえた家族手当の見直し、固定残業代の適切な規定などは、いずれも多くの中小企業が直面している課題です。これらの点について就業規則の見直しを行うことで、労働トラブルのリスクを大幅に軽減することができます。
特に重要なのは、就業規則を一度作成したら終わりではなく、定期的に見直しを行うという姿勢です。少なくとも年に一度は、法改正の有無、最新の裁判例の動向、自社の実態との整合性などの観点から就業規則をチェックすることをお勧めします。
就業規則の見直しは、専門的な知識を要する作業です。自社のみで対応することが難しい場合は、社会保険労務士などの専門家に相談することで、より確実な対応が可能となります。適切な就業規則の整備により、従業員が安心して働ける職場環境を構築し、企業の持続的な発展につなげていただければ幸いです。
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