もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
2019年4月に大企業を対象に始まり、2020年4月からは中小企業にも適用された「時間外労働の上限規制」。施行から5年以上が経過した今、多くの企業で対応が進んでいますが、依然として違反事例が報告されており、正確な理解と適切な対応が求められています。
この規制は「働き方改革関連法」の重要な柱の一つで、長時間労働を是正し、労働者の健康確保とワーク・ライフ・バランスの実現を目指すものです。違反した場合には罰則もあるため、経営者や人事担当者の皆さまは正確に理解し、適切に対応することが求められます。
2025年度を迎えるにあたり、今一度この「時間外労働の上限規制」について、なぜ導入されたのか、具体的にどのような内容なのか、そして企業としてどう対応すべきかについて、わかりやすく解説していきます。
2. 働き方改革と時間外労働上限規制の背景
2-1. 働き方改革が目指すもの
働き方改革は、少子高齢化による生産年齢人口の減少や、働く方々のニーズの多様化といった日本社会が直面する課題に対応するための取り組みです。この改革の目的は、働く方々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で「選択」できるようにすることにあります。
投資やイノベーションによる生産性向上と共に、働く人の置かれた状況に応じて多様な働き方を選択できる社会を実現することで、成長と分配の好循環を構築し、一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。
2-2. 長時間労働がもたらす問題
長時間労働は、単に労働者の健康確保を困難にするだけではありません。仕事と家庭生活の両立を阻害することで、少子化を進行させ、女性のキャリア形成を妨げ、男性の家庭参加を阻害するといった社会問題の原因となっています。
これらの問題を解決するため、長時間労働を是正することによって、ワーク・ライフ・バランスを改善し、女性や高齢者も仕事に就きやすくなり、労働参加率の向上につなげることを目指しています。長時間労働の是正は、単なる労働問題ではなく、日本社会全体の課題解決に関わる重要な取り組みなのです。
3. 時間外労働の上限規制の具体的内容
3-1. 上限規制の基本ルール
時間外労働の上限規制では、原則として月45時間・年360時間という上限が設けられました。これは、臨時的な特別の事情がなければ超えることができない法律上の上限です。
しかし、臨時的な特別の事情があり、労使が合意する場合(特別条項を設ける場合)でも、時間外労働は年720時間以内、時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満かつ複数月(2〜6か月)平均80時間以内としなければなりません。また、時間外労働が月45時間を超えられるのは年6回までと定められています。
これらの上限を超えた場合は法律違反となり、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。法改正以前は上限の基準が告示のみで罰則もありませんでしたが、今回の改正では法律に規定され、罰則も設けられたことが大きな変更点です。
3-2. 36協定との関係
時間外労働や休日労働を行わせるためには、従来通り36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)の締結・届出が必要です。上限規制の導入により、36協定で定める必要がある事項も変更されています。
新しい36協定では、労働時間を延長する必要がある具体的事由、対象労働者の範囲、対象期間と起算日、延長できる時間数(1日、1ヶ月、1年のそれぞれについて)を定めるとともに、時間外労働と休日労働の合計が「月100時間未満」「2〜6ヶ月平均80時間以内」であることを確認する必要があります。
特別条項を設ける場合には、臨時的に限度時間を超えて労働させる具体的事由や延長できる時間数、限度時間を超えることができる回数、労働者の健康・福祉確保措置、割増賃金率、手続きなどについても定める必要があります。36協定の様式も新しくなっていますので、注意が必要です。
4. 中小企業における上限規制の適用
4-1. 中小企業の範囲
時間外労働の上限規制は、大企業には2019年4月から、中小企業には2020年4月から適用されています。中小企業かどうかは、資本金の額または出資の総額と、常時使用する労働者数のいずれかが一定の基準を満たすかどうかで判断されます。
具体的には、小売業は資本金5,000万円以下または従業員50人以下、サービス業は資本金5,000万円以下または従業員100人以下、卸売業は資本金1億円以下または従業員100人以下、その他の業種(製造業、建設業、運輸業など)は資本金3億円以下または従業員300人以下の企業が中小企業に該当します。なお、この判断は事業場単位ではなく企業単位で行われます。
4-2. 適用猶予期間の終了と現在の状況
かつて一部の事業や業務については、上限規制の適用が猶予または除外されていましたが、2024年4月以降は適用猶予期間が終了しています。建設事業、自動車運転の業務、医師、鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業についても、2024年4月1日から上限規制が全面適用されています。これらの業種でも、時間外労働の上限規制に適応するための取り組みが求められています。
現在も引き続き、新技術・新商品等の研究開発業務については、上限規制の適用が除外されています。ただし、研究開発業務に従事する労働者の健康を確保するため、労働安全衛生法により、月100時間を超える時間外・休日労働を行った場合、医師による面接指導が義務付けられています。事業者は、面接指導を行った医師の意見を勘案し、必要に応じて就業場所の変更や職務内容の変更、有給休暇の付与などの措置を講じなければなりません。2025年現在においても、この健康確保措置の確実な実施が求められています。
5. 上限規制への具体的な対応策
5-1. 労働時間の適切な把握と管理
上限規制を遵守するためには、まず従業員の労働時間を正確に把握することが重要です。タイムカードやICカード、PCの使用時間記録などの客観的な方法で労働時間を記録する必要があります。
労働時間の管理においては、「1日」「1か月」「1年」のそれぞれの時間外労働が36協定で定めた時間を超えないこと、休日労働の回数・時間が36協定で定めた範囲内であること、特別条項の使用回数が年6回以内であることなどを確認しましょう。また、月の時間外労働と休日労働の合計が100時間未満であること、複数月(2〜6か月)の平均が80時間以内であることも重要な管理ポイントです。
特に、時間外労働と休日労働を合計して管理するという点は、今回の法改正で新たに導入された規制であり、これまでとは異なる管理方法が必要となります。日々および月々の労働時間を適切に記録・集計し、上限を超えないよう計画的に業務を遂行することが求められます。
5-2. 36協定の適切な締結・届出
上限規制に対応した36協定を締結・届出するためには、業務の範囲を細分化して明確に定め、臨時的な特別の事情についても具体的に定める必要があります。「業務の都合上必要な場合」「業務上やむを得ない場合」などの曖昧な表現は認められません。通常予見することのできない業務量の大幅な増加など、一時的または突発的に時間外労働を行わせる必要がある場合に限定して定めなければなりません。
また、協定期間の「起算日」を明確に定め、時間外労働と休日労働の合計が法定の上限内に収まることを確認することも重要です。36協定の締結に当たっては、過半数代表者の適切な選出も必要です。管理監督者ではない者を、36協定を締結する目的を明らかにした上で、投票や挙手などの方法で選出しなければなりません。会社による指名や、使用者の意向に基づく選出は認められませんので注意が必要です。
5-3. 健康確保措置の実施
限度時間を超えて労働させる場合には、労働者の健康・福祉を確保するための措置を講じることが重要です。具体的には、医師による面接指導の実施、深夜業の回数制限、勤務間インターバル(終業から始業までの休息時間の確保)の導入、代償休日や特別な休暇の付与、健康診断の実施、連続休暇の取得促進などの措置が考えられます。
また、心とからだの相談窓口を設置したり、過重労働が続く労働者に対して配置転換を行ったり、産業医等による助言・指導や保健指導を受けられるようにするなどの取り組みも効果的です。これらの健康確保措置は、単に法律上の要件を満たすためだけでなく、従業員の健康を守り、持続可能な働き方を実現するために重要な取り組みです。
6. まとめ
時間外労働の上限規制は、施行から5年以上が経過した現在においても、長時間労働を是正し、働く人の健康を守るとともに、ワーク・ライフ・バランスの実現を目指す重要な制度です。
経営者・人事担当者の皆さまは、この制度を正しく理解し、従業員の労働時間を適切に把握・管理し、上限規制に対応した36協定を締結・届出し、労働者の健康確保措置を実施することが重要です。
法律違反となれば罰則の対象となりますが、それ以上に、長時間労働によって従業員の健康を損なうことは、企業にとっても大きな損失です。テレワークやDXの進展なども踏まえ、労働生産性の向上を図るための業務改善や、柔軟な勤務時間制度の導入、業務の平準化、多様な働き方の促進など、様々な取り組みを併せて検討し、持続可能な働き方の実現を目指しましょう。
特に、2024年4月から適用猶予期間が終了した建設業や運送業、医師等の業種においては、引き続き遵守状況を確認し、改善を進めることが求められています。
なお、時間外労働の上限規制に関する詳細や不明点については、お近くの「働き方改革推進支援センター」や「労働基準監督署」に相談することができます。無料で専門家による相談が受けられますので、積極的に活用されることをお勧めします。
当事務所でも、36協定の作成支援や労働時間管理の体制構築など、時間外労働の上限規制への対応をサポートしています。お気軽にご相談ください。
【参考情報】
・厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」
(https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf)
・厚生労働省「36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針」
(https://www.mhlw.go.jp/content/000350731.pdf)
・厚生労働省ホームページ「働き方改革特設サイト」
