事業展開やDX推進のための人材育成に活用できる~「人材開発支援助成金」(事業展開等リスキリング支援コース)~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

企業が持続的に成長していくためには、新規事業展開やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、カーボンニュートラル対応など、ビジネス環境の変化に対応していくことが不可欠です。そのためには、従業員の能力開発や専門知識・技能の習得が必要となりますが、人材育成には相応のコストがかかります。

そこで今回は、事業展開やDX推進等に伴う人材育成をサポートする「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)」についてご紹介します。このコースは2022年12月に創設され、2026年度末までの期間限定の制度となっています。今年度(2025年度)は助成金の内容にいくつかの改正もありましたので、最新情報をお届けします。

2. 人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の概要

2-1. 制度の目的と内容

人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)は、新規事業の立ち上げなどの事業展開や、企業内のデジタル・DX化、グリーン・カーボンニュートラル化を進めるにあたり、従業員に新たな分野で必要となる専門的な知識及び技能を習得させるための訓練を実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。

このコースは、企業の変革や成長を支える人材育成を財政面から支援することで、日本企業の競争力強化を図るとともに、従業員のスキルアップやキャリア形成を促進することを目的としています。

2-2. 支給対象となる事業主と労働者

支給対象事業主の要件

本助成金を受給するためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。

  1. 雇用保険適用事業所の事業主であること
  2. 職業能力開発推進者を選任していること
  3. 事業内職業能力開発計画を策定し、従業員に周知していること
  4. 訓練期間中、対象労働者に対して適正に賃金を支払っていること
  5. 事業展開等実施計画を作成していること

特に注意すべき点として、計画的な人材育成の一環として実施することが求められており、「職業能力開発推進者の選任」と「事業内職業能力開発計画の策定・周知」が必須要件となっています。これらは、助成金の申請に限らず、体系的な人材育成を行う上で重要な取り組みですので、まだ実施していない企業は早めに対応されることをお勧めします。

対象となる労働者

対象となる労働者は、申請事業主が雇用する雇用保険被保険者です。訓練実施期間中において被保険者であることが必要です。また、訓練の受講状況に関する要件として以下が定められています。

  1. 通学制または同時双方向型の通信訓練の場合:訓練の受講時間数が実訓練時間数の8割以上であること
  2. eラーニングや通信制の訓練の場合:訓練実施期間中に訓練を修了していること
  3. 定額制サービスによる訓練の場合:訓練を修了し、その修了した訓練の合計時間数が1時間以上であること

3. 対象となる訓練の種類と要件

3-1. 訓練の種類

事業展開等リスキリング支援コースで助成対象となる訓練は、次のいずれかに該当するものです。

  1. 事業展開を行うにあたり、新たな分野で必要となる専門的な知識及び技能の習得をさせるための訓練
  2. 事業展開は行わないが、企業内のデジタル・DX化やグリーン・カーボンニュートラル化を進める場合にこれに関連する業務に従事させる上で必要となる専門的な知識及び技能の習得をさせるための訓練

ここで言う「事業展開」とは、新たな製品を製造または新たな商品もしくはサービスを提供することなどにより、新たな分野に進出することを指します。具体的には、新商品や新サービスの開発、製造、提供または販売を開始することなどが該当します。

また、「デジタル・DX化」とは、デジタル技術を活用して業務の効率化を図ることや、顧客や社会のニーズに基づき、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立することを意味します。

「グリーン・カーボンニュートラル化」とは、徹底した省エネ、再生可能エネルギーの活用等により、CO2等の温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることです。

3-2. 訓練の実施方法と要件

訓練の実施方法は、通学制、同時双方向型の通信訓練、eラーニング、通信制、定額制サービスによる訓練のいずれかで行うことができます。ただし、実施方法によって支給要件が異なりますので注意が必要です。

また、実訓練時間数が10時間以上であることが要件となっています(eラーニングや通信制の場合は、標準学習時間が10時間以上または標準学習期間が1か月以上)。

定額制サービスによる訓練の場合は、各支給対象労働者の受講時間数(標準学習時間)の合計時間数が、支給申請時において10時間以上であることが要件となります。

4. 助成額・助成率と支給限度額

4-1. 基本的な助成額・助成率

本コースの助成額・助成率は以下の通りです。

  • 経費助成率:中小企業75%、大企業60%
  • 賃金助成額(1人1時間当たり):中小企業1,000円、大企業500円

4-2. 支給限度額

経費助成の限度額は、訓練時間数に応じて次のように設定されています(1人1訓練あたり)。

  • 10時間以上100時間未満:中小企業30万円、大企業20万円
  • 100時間以上200時間未満:中小企業40万円、大企業25万円
  • 200時間以上:中小企業50万円、大企業30万円

定額制サービスによる訓練の場合は、1人1月あたり2万円が限度額となります。

また、1事業所が1年度に受給できる助成額の上限は1億円となっています。

なお、2025年4月からの改正により、賃金助成額が引き上げられました。これにより、人材育成への投資がより一層促進されることが期待されています。

5. 助成金申請の実務

5-1. 申請の流れとスケジュール

助成金を申請する際の基本的な流れは以下の通りです。

  1. 職業能力開発推進者の選任、事業内職業能力開発計画の策定・従業員への周知
  2. 職業訓練実施計画届の提出(訓練開始日の6か月前から1か月前までの間)
  3. 計画に沿った訓練の実施
  4. 支給申請書の提出(訓練終了日の翌日から起算して2か月以内)
  5. 助成金の支給決定

特に計画届の提出期限には注意が必要です。訓練開始日の1か月前までに提出することが必要で、期限を過ぎると助成対象外となります。また、計画内容に変更が生じた場合は、所定の期限までに変更届を提出する必要があります。

5-2. 必要書類と作成のポイント

計画届提出時には以下の書類が必要となります。

  • 職業訓練実施計画届(様式第1-1号)
  • 事業展開等実施計画(様式第1-3号)
  • 対象労働者一覧(様式第3-1号または様式第3-2号)
  • 訓練カリキュラム、受講案内等
  • その他、訓練の内容や実施方法によって必要な書類

支給申請時には以下の書類が必要となります。

  • 支給要件確認申立書(共通要領様式第1号)
  • 支給申請書(様式第4-2号)
  • 経費助成の内訳(様式第6-2号または様式第6-3号)
  • 訓練の実施状況を証明する書類
  • 訓練経費の支払いを証明する書類
  • 対象労働者の雇用契約書等
  • その他、訓練の内容や実施方法によって必要な書類

書類作成のポイントとして、事業展開等実施計画書には具体的な事業展開の内容や、訓練が必要となる理由を明確に記載することが重要です。また、訓練カリキュラムには訓練の目的、内容、実施時間等を詳細に記載してください。

6. 活用事例と効果的な取り組み方

6-1. 業種別の活用事例

実際に、この助成金を活用した企業の事例をいくつか紹介します。

製造業の事例

ある製造業の企業では、半導体の需要増を見据えて半導体工場の建設を計画していました。工場の設備や生産ラインの安定した運用を図るため、従業員に各種自動制御技術、電気保全技術、空圧装置制御技術等を習得させる訓練を実施。その費用として、4人の従業員に対して1人あたり25万円、計100万円の訓練費用がかかりましたが、助成金により75万円が助成され、会社の実質負担は25万円で済みました。この結果、新技術を活用した新製品や新サービスの開発、製造等を開始することができました。

飲食業の事例

外食中心の飲食店を経営していた企業が、テイクアウトおよびお弁当の製造販売を新たに始めるため、予約システムの構築やアプリ開発を行うための講座を従業員に受講させました。この訓練を通じて、オンライン予約システムの導入など、サービス提供方法を刷新することができました。

建設業の事例

DX化による測量受注の拡大に伴い、ドローンやBIMを活用した測量作業に習熟した従業員の育成を目指し、ドローンの操縦技能やBIMの講習を受講させました。これにより、業務の効率化だけでなく、新たな顧客ニーズに応えるサービス提供が可能となりました。

6-2. 効果的な活用のポイント

本助成金を効果的に活用するためのポイントは以下の通りです。

  1. 経営戦略と人材育成計画の連動
    事業展開やDX推進の戦略と連動した人材育成計画を立てることで、助成金の活用効果を最大化できます。
  2. 計画的な申請準備
    申請に必要な「職業能力開発推進者の選任」や「事業内職業能力開発計画の策定・周知」は、助成金申請のためだけでなく、企業の人材育成全体の質を高めることにもつながります。早めに準備しておきましょう。
  3. 訓練内容の吟味
    単に助成金を受給するためではなく、実際に企業の成長や従業員のスキルアップにつながる訓練内容を選定することが重要です。
  4. フォローアップの実施
    訓練後の効果測定やフォローアップを行うことで、訓練の効果を最大化し、次の人材育成計画に活かすことができます。

7. 申請時の注意点と最近の制度改正

7-1. 申請時の注意点

助成金を申請する際には、以下の点に注意が必要です。

  1. 訓練等に要した経費を支給申請までに申請事業主が全て負担していることが必要です。教育訓練機関等からの返金や実質的な負担額の減額となる金銭の支払いを受けた場合は対象外となります。
  2. 単にデジタル機器を使用して文章・数値の入力や、書式・レイアウトの変更程度の初歩的な操作を行う内容のみの訓練は対象になりません。
  3. 不正受給を防止するため、厳正な審査が行われます。虚偽の申請や不正行為があった場合は、助成金の返還だけでなく、事業主名の公表や5年間の助成金停止などのペナルティがあります。
  4. eラーニング、通信制、定額制サービスによる訓練は賃金助成の対象外で、経費助成のみとなります。

7-2. 2025年4月からの主な制度改正

2025年4月からは、いくつかの重要な改正が行われましたので、申請を検討されている方は以下の点にご注意ください。

  1. 賃金助成額の拡充
    中小企業は960円から1,000円へ、大企業は480円から500円へと引き上げられました。
  2. 助成金の申請手続き・申請書類・添付書類の簡素化
    計画届提出時・支給申請時の申請項目および添付書類の削減・整理・統合が行われました。
  3. 計画届の提出期限の明確化
    「訓練開始日の1か月前まで」から「訓練開始日から起算して6か月前から1か月前までの間」と変更されました。
  4. 中小企業事業主の判定時期の変更
    計画届の提出時ではなく、支給申請時の内容で決定されることになりました。
  5. eラーニング等の支給対象訓練の要件明確化
    ホームページ掲載要件や進捗管理要件などが明確になりました。
  6. 申請手続きの簡素化に伴い、労働局における計画届の確認・受理行為が廃止され、助成金の審査は支給申請時に一括して実施されることになりました。計画届の提出だけでは助成金が確実に支給されるものではない点に留意してください。

8. まとめ

人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)は、新規事業展開やDX推進、グリーン・カーボンニュートラル化などに必要な人材育成を支援する有効な制度です。2026年度末までの期間限定となっていますので、人材育成をお考えの企業は、この機会にぜひ活用をご検討ください。

助成金の申請には一定の準備や手続きが必要ですが、計画的に進めることで、人材育成にかかるコストを大幅に抑えることができます。特に、職業能力開発推進者の選任や事業内職業能力開発計画の策定は、助成金申請のためだけでなく、企業の人材育成全体の質を高めることにもつながります。

当事務所では、人材開発支援助成金をはじめとする各種助成金の申請サポートを行っております。ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。


※本記事は2025年4月1日現在の情報に基づいて作成しています。最新の情報については、厚生労働省のホームページや最寄りの労働局・ハローワークにてご確認ください。

【参考情報】