もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
働き方改革関連法の施行以降、企業における労働時間の適正な把握と管理は、ますます重要な課題となっています。厚生労働省が示す「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」においても、使用者には労働時間を適正に記録し、管理する責務があることが明確にされています。
このような背景から、多くの企業がクラウド勤怠管理システムの導入を検討されていますが、導入後にトラブルや混乱が生じるケースも少なくありません。
本記事では、前回掲載の「クラウド勤怠管理システム導入のポイント ~働き方改革と業務効率化の実現に向けて~」の続編として、クラウド勤怠管理システムを導入する際の重要なポイントと、成功のカギとなる就業規則の整備について、実務的な観点から再度解説いたします。
2. クラウド勤怠管理システム導入のメリットと課題
2-1. 導入のメリット
クラウド勤怠管理システムの導入により、労働時間管理の正確性と効率性が大幅に向上します。従来の紙のタイムカードやエクセルでの管理では、記入ミスや集計ミス、データの改ざんリスクなどが存在しましたが、システムの導入によりこれらのリスクを大幅に低減することができます。
また、労働時間のリアルタイム把握が可能となることで、長時間労働の予防や36協定の遵守状況の確認が容易になります。さらに、給与計算システムとの連携により、残業代計算の正確性が向上し、未払い賃金リスクの防止にもつながります。
2-2. 直面する課題
一方で、システム導入時には様々な課題に直面します。最も大きな課題は、システムと既存の就業規則や運用ルールとの不整合です。システムは人間のような臨機応変な対応ができず、プログラムされた通りにしか動作しません。そのため、曖昧な運用ルールや例外的な取り扱いが存在すると、正しく機能しない可能性があります。
たとえば、フレックスタイム制を採用している場合、コアタイムの設定や清算期間の取り扱い、時間外労働の計算方法などを明確に定義しないと、システムでの適切な管理が困難になります。また、変形労働時間制を採用している企業では、シフトパターンの設定や法定休日の取り扱いなど、システムでの管理が複雑になりやすい傾向があります。
3. システム導入成功のための3つのポイント
3-1. システムに合わせた就業規則の整備
システム導入の成功のカギは、就業規則の整備にあります。就業規則は単なる社内規程ではなく、システムの設計書としての役割を果たします。特に重要なのは、システムで実現可能な内容に就業規則を整理することです。
具体的には、労働時間の定義、始業・終業時刻の取り扱い、休憩時間の設定、時間外労働の範囲、休日労働の取り扱いなどについて、システムでの管理を前提とした明確な規定が必要です。また、有給休暇の取得単位(1日単位、半日単位、時間単位)や、特別休暇の種類と取得条件についても、システムでの管理が可能な形で規定する必要があります。
3-2. 残業時間の考え方の整理
残業時間の管理は、システム導入時の大きな課題の一つです。多くの企業が「残業時間を最小限に抑えたい」という意識から、複雑な管理方法を採用していますが、これがシステム導入の障壁となることがあります。
たとえば、固定残業制を採用している場合、みなし時間を超える残業時間の計算方法や、深夜・休日労働の取り扱いについて、明確な規定が必要です。また、変形労働時間制を採用している場合は、シフトパターンの設定や法定外労働時間の計算方法について、システムでの管理が可能な形に整理する必要があります。
3-3. シンプルな運用設計
システムは複雑な条件分岐や例外処理が苦手です。そのため、運用ルールはできる限りシンプルにすることが重要です。特に、休日・休暇の取り扱いについては、明確な基準を設定することが必要です。
例えば、法定休日を日曜日に固定することで、休日労働の割増賃金計算が容易になります。また、振替休日と代休の取り扱いについても、システムでの管理を考慮した明確なルールが必要です。振替休日の場合は事前の休日の振り替えが必要であり、代休の場合は休日出勤に対する割増賃金の支払いが必要になるなど、それぞれの特徴を理解した上で、適切な制度を選択することが重要です。
4. 就業規則整備の重要ポイント
4-1. 社員区分の明確化
就業規則では、社員区分ごとの定義と労働条件を明確に規定する必要があります。正社員、契約社員、パートタイム社員など、雇用形態ごとの労働時間、休日、手当などの処遇の違いを明確に規定することで、システムでの管理がスムーズになります。
特に、短時間勤務者や変形労働時間制適用者については、所定労働時間の設定や時間外労働の取り扱いについて、システムでの管理を前提とした明確な規定が必要です。また、育児・介護短時間勤務制度の利用者についても、労働時間の管理方法や給与計算方法について、明確な規定を設ける必要があります。
4-2. 勤務時間・休暇制度の整理
勤務時間や休暇制度については、システムでの管理を念頭に置いた整理が必要です。始業・終業時刻の記録方法、休憩時間の取得ルール、時間単位の有給休暇制度の運用方法など、具体的な運用ルールを明確にすることが重要です。
また、特別休暇の種類と取得条件についても、システムでの管理が可能な形で規定する必要があります。慶弔休暇や産前産後休暇、育児・介護休業など、法定の休暇制度については、関連法令に準拠した適切な規定を設ける必要があります。
4-3. 固定残業制の見直し
固定残業制を採用している場合は、その運用方法を見直す必要があることがあります。固定残業手当に含まれる時間外労働の範囲を明確にし、みなし時間を超える残業時間の計算方法や、深夜・休日労働の取り扱いについて、システムでの管理が可能な形に整理することが重要です。
特に注意が必要なのは、固定残業手当の対象となる時間外労働の範囲です。通常の時間外労働のみを対象とするのか、休日労働や深夜労働も含めるのかによって、システムでの管理方法が大きく異なってきます。また、みなし時間を超える残業が発生した場合の追加支給の計算方法についても、明確な規定が必要です。
5. システム導入後の労務管理のあり方
5-1. 人事労務DXの実現
クラウド勤怠管理システムの導入は、単なる業務の電子化ではありません。これを機に、労務管理の在り方そのものを見直す「人事労務DX」の実現を目指すことが重要です。
人事労務DXとは、データとデジタル技術を活用して、従業員や社会のニーズに基づいた働き方を実現し、業務プロセスや組織文化を変革していくことを意味します。システム導入を通じて、より効率的で従業員にとって働きやすい環境を整備することが、真の目的といえます。
5-2. 従業員に優しい労務管理へ
システムに合わせた運用は、結果として従業員にも優しい労務管理につながります。システムは明確なルールに基づいて動作するため、労働時間管理の透明性が高まり、従業員の納得感も向上します。
たとえば、残業時間の集計や休暇の取得状況がリアルタイムで確認できることで、従業員自身による労働時間の管理が容易になります。また、システムによる自動集計により、残業代の計算ミスや未払いリスクが低減され、従業員の賃金に関する不安や疑問も解消されます。
さらに、勤怠データの分析により、部署ごとの業務量の偏りや特定の従業員への業務集中なども可視化できるため、より公平で効率的な業務分配が可能になります。このように、システム導入は単なる管理の効率化だけでなく、働きやすい職場環境の実現にも貢献します。
6. まとめ
クラウド勤怠管理システムの導入は、労務管理の効率化と適正化を実現する有効な手段です。しかし、その成功のためには、システムの特性を理解し、それに合わせた就業規則の整備が不可欠です。
特に重要なのは、複雑な運用を避け、シンプルで明確なルールを設定することです。これにより、システムの機能を最大限に活用でき、結果として従業員にとっても働きやすい環境が実現できます。
また、システム導入を契機として、これまでの労務管理の在り方を見直し、より効率的で従業員にとって働きやすい仕組みを構築することも重要です。そのためには、単なるシステムの導入にとどまらず、業務プロセスや組織文化の変革まで視野に入れた取り組みが必要となります。
システム導入を検討されている企業様は、まず現在の就業規則や労務管理の運用状況を見直し、必要な整備を行うことをお勧めします。特に、以下の点については慎重な検討が必要です。
これらの検討に際しては、ぜひ社会保険労務士にご相談ください。当事務所では、クラウド勤怠管理に特化した外部パートナーとタイアップし、労働法令に関する専門知識と実務経験を活かし、御社に最適なシステム導入・運用方法をご提案させていただきます。
労務管理のデジタル化は、今後ますます重要性を増していくことが予想されます。この機会に、御社の労務管理体制の見直しと整備を行い、より効率的で働きやすい職場環境の実現を目指しませんか。私たち社会保険労務士が、御社の人事労務DXの実現をしっかりとサポートさせていただきます。