もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
企業経営において、労務管理の適正化は単なる法令遵守だけでなく、企業価値の向上にも直結する重要な課題です。特に「36協定」の管理と長時間労働対策は、働き方改革関連法の施行以降、より一層厳格な対応が求められています。
一般的に多くの企業では「36協定の時間管理が難しい」「特別条項の運用に自信がない」といった課題を抱えていることが少なくありません。これらの課題に適切に対処しないと、労働基準監督署の臨検はもちろん、将来的な企業経営の発展や事業継続においても大きな障壁となりかねません。
そこで今回は、中小企業の経営者や人事担当者の皆様に向けて、36協定の管理と長時間労働対策における注意点と実務上のポイントをご紹介します。
2. 36協定の特別条項とその適正な運用
2-1. 特別条項の発動要件はシンプルに設計する
36協定の特別条項は、通常の時間外労働の限度時間を超えて労働させる必要がある場合に締結するものですが、その発動要件(限度時間を超えて労働させる場合における手続き)の設定には注意が必要です。
特別条項の発動要件は、運用実態に即したシンプルなものにすることをお勧めします。例えば「労使間の協議による」という要件を設定した場合、発動の都度協議を行わなければならず、実務上の負担が大きくなります。要件を複雑にすることで、かえって形骸化し、法令違反の温床になってしまう危険性もあります。
会社の業務特性や繁忙期を考慮した、明確かつシンプルな発動要件を設定することが、適正な労務管理の第一歩となります。
2-2. 特別条項発動の記録は必ず残す
特別条項を発動した場合、その記録を必ず残しておくことが重要です。労働基準監督署の臨検時において、特別条項を適法に発動したことを証明できる文書やメールなどの記録があれば、法令遵守の証拠となります。
「口頭で伝えておいた」という運用では、後々のトラブルの原因となりかねません。発動の都度、日付、対象部署、発動理由などを明記した文書を作成し、保管する習慣をつけましょう。これは単なる形式的な対応ではなく、労務コンプライアンスの基本です。
3. 36協定の上限時間管理の重要性
3-1. 過半数代表者の適正な選出
36協定締結の前提となる「労働者の過半数代表者」の選出は、「投票、挙手等の方法による手続により選出された者」であり、「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」が法令で定められています。
実務上、会社側から候補者への声掛けが必要な場面もあるかもしれませんが、選出過程が通達に則って行われたことを説明できるよう、選出方法を明確にし、記録を残しておくことが大切です。管理監督者が代表者になることは避け、非正規社員も含めた全労働者による民主的な選出を心がけましょう。
3-2. 36協定の起算日と賃金計算期間の一致
36協定の有効期間の起算日と賃金計算期間の起算日が異なると、管理が煩雑になり、法令違反のリスクも高まります。例えば、36協定の起算日が毎月1日、賃金計算期間の起算日が毎月21日であれば、残業時間の集計と管理に混乱が生じやすくなります。
可能な限り、これらの起算日を統一することで、労働時間管理の効率化と正確性が向上します。起算日の統一が難しい場合は、どちらの基準でも適法に管理できるシステムや仕組みの構築が必要です。
3-3. 上限時間超過は1分でも違法
36協定で定めた上限時間を超える残業は、その超過時間の長短にかかわらず違法となります。特別条項で年6回までと定めた場合、1人でも7回目が発生すれば法令違反です。
上限時間を超過してしまった場合は、過去に遡って記録を変えるのではなく、超過した理由を究明し、再発防止策を検討することが重要です。企業の健全な発展においても厳格な管理が求められますので、上限時間の遵守と管理体制の整備は経営上の重要課題として捉えるべきでしょう。
4. 体系的な労働時間管理の構築
上限時間や特別条項の発動回数を厳格に管理するためには、体系的な管理体制の構築が不可欠です。具体的には、管理部門、現場の長、労働者本人などの役割分担を明確にし、誰がどのタイミングでどのように通知・確認するのかをルール化しておくことが効果的です。
例えば、月の半ばで残業時間が一定の水準に達した社員には自動でアラートが出るシステムを導入する、月の残業見込みが特別条項の発動が必要な水準に達しそうな場合には事前に申請するフローを設けるなど、会社の実情に合わせた仕組みづくりが重要です。
5. 安全衛生面での労務管理
5-1. 健康診断の適正実施
入社時の健康診断と定期健康診断は、法令で省略できる場合を除き、必ず実施する必要があります。「入社時の健康診断を定期健康診断と兼ねる」といった省略は、基本的に認められません。
健康診断結果は、配属決定や配置転換、職種転換の際の判断材料となるだけでなく、従業員の健康障害発生時には会社の安全衛生上の対応が問われることもあります。健康診断の実施状況は厳格に管理し、受診率100%を目指す姿勢が求められます。
5-2. 長時間労働のリスク管理
長時間労働には様々なリスクが伴います。メンタルヘルス不調による休職、労災認定、ハラスメント問題の発生、過労死等による損害賠償請求、そして企業レピュテーションの低下など、経営に大きな影響を及ぼす問題に発展する可能性があります。
特に月100時間を超える残業が発生している場合は、早急な対策が必要です。人材確保や経営の安定性の観点からも長時間労働の実態は重要な評価項目となりますので、経営戦略の一環として長時間労働の是正に取り組むことが重要です。
6. 労務コンプライアンス調査の活用
自社の労務管理状況を客観的に把握するためには、定期的な労務コンプライアンス調査が有効です。調査の際は、以下のような点に着目しましょう。
調査結果を基に、課題を特定し、改善の方向性を明確にすることで、労務リスクの低減と従業員の健康確保、ひいては生産性の向上につなげることができます。
7. まとめ
36協定の管理と長時間労働対策は、労務コンプライアンスの根幹をなす重要な取り組みです。特別条項の発動要件はシンプルに設計し、発動時の記録は必ず残すこと。36協定の上限時間は厳格に管理し、過半数代表者の選出も適正に行うこと。そして、健康診断の確実な実施と長時間労働のリスク管理を徹底することが、企業の持続的な成長と従業員の健康確保の両立につながります。
当事務所では、これらの課題に対する具体的な解決策のご提案や、実情に合わせた労務管理体制の構築をサポートしています。労務管理でお困りの際は、お気軽にご相談ください。
【参考情報】
・厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」(https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf)
・厚生労働省「36協定の 適正な締結」
(https://www.mhlw.go.jp/content/001202904.pdf)
・厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう 」
(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf)
