もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
2025年8月末、厚生労働省から2026年度(令和8年度)の予算概算要求が発表されました。この概算要求には、来年度の助成金制度の方向性が示されており、中小企業の皆様にとって非常に重要な情報が含まれています。
政府は「賃上げを起点とした成長型経済の実現」を掲げ、2029年度までに年1%の実質賃金上昇を定着させることを目標としています。また、2020年代に全国平均1,500円の最低賃金実現を目指すなど、企業の賃上げを強力に後押しする姿勢を明確にしています。
このような政策方針のもと、2026年度の助成金制度は「賃上げ」と「リスキリング(学び直し)」を二本柱として、多くの助成金で拡充が予定されています。本記事では、厚生労働省の予算概算要求資料をもとに、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が押さえておくべき助成金の最新動向をご紹介します。
2. 2026年度予算の全体像と今後のスケジュール
2-1. 予算編成スケジュールと戦略立案のタイミング
2026年度の予算は、2025年12月末に予算案が決定され、2026年3月下旬に成立する見込みです。概算要求が発表された現在は、まさに来年度に向けた戦略・戦術を再考する重要なタイミングといえます。
予算が正式に成立するまでには、パブリックコメントの募集や予算案の審議など、いくつかの段階を経ることになりますが、概算要求の段階で示された方向性は、最終的な制度設計にも大きく反映される傾向があります。したがって、早い段階から情報を収集し、自社の人事戦略や事業計画と照らし合わせて準備を進めることが重要です。
2-2. 賃上げ支援助成金パッケージの構造
2026年度の助成金施策は、「賃上げ支援助成金パッケージ」として体系化されています。このパッケージは大きく分けて、生産性向上への支援と非正規雇用労働者の処遇改善、そしてより高い処遇への労働移動支援という三つの柱で構成されています。
生産性向上支援では、設備投資や人への投資を通じて企業の収益力を高め、それを賃上げにつなげることを目指しています。非正規雇用労働者の処遇改善では、正社員化の促進や賃金規定の改正支援などが盛り込まれています。さらに、より高い処遇を求める労働者の移動を円滑にするための支援も強化されており、労働市場全体の活性化が図られています。
このように、単に賃金を引き上げるだけでなく、企業の生産性向上や人材育成、労働移動の促進など、多面的なアプローチで持続可能な賃上げの実現を目指している点が特徴です。

(出典:令和8年度 厚生労働省予算概算要求の主要事項)
3. 生産性向上を支援する助成金の拡充
3-1. 業務改善助成金の大幅拡充
業務改善助成金は、2026年度概算要求額が35億円と、前年度当初予算の15億円から20億円も増額されています。さらに、2024年度補正予算では297億円という大規模な予算が計上されたことから、実質的な予算規模は大幅に拡大しています。
この助成金は、中小企業が生産性向上のための設備投資などを行い、事業場内で最も低い賃金を一定額以上引き上げた場合に、その設備投資費用の一部を助成するものです。最低賃金の引き上げが続く中、中小企業の負担軽減と生産性向上の両立を支援する重要な制度となっています。
2026年度は、助成率の区分を従来の4コース制から3コース制に再編する見直しが検討されています。また、地域別最低賃金改定日の前日までの一定期間について、事業場内最低賃金と地域別最低賃金の差額に応じた特例措置を講じるなど、地域の実情に配慮した柔軟な運用が予定されています。
3-2. 働き方改革推進支援助成金の継続強化
働き方改革推進支援助成金は、労働時間の短縮や年次有給休暇の取得促進など、働き方改革に取り組む中小企業を支援する制度です。2026年度概算要求額は101億円で、引き続き重点施策として位置づけられています。
この助成金には複数のコースが設けられており、業種別課題対応コースでは、建設業、自動車運転の業務、医療に従事する医師、砂糖製造業、その他長時間労働が認められる業種を対象に、時間外労働の削減や休日の増加など、業種特有の課題に対応した取り組みを支援します。
労働時間短縮・年休促進支援コースでは、労働時間の削減や年次有給休暇の取得促進に取り組む中小企業に対して助成が行われます。勤務間インターバル導入コースでは、9時間以上の勤務間インターバル制度を導入した企業に対して支援が行われます。
賃金引き上げの加算制度も設けられており、賃金を引き上げた労働者数および企業規模に応じて助成金の上限額が加算されます。具体的には、3%以上の引き上げで6万円から60万円、5%以上で24万円から480万円、7%以上で36万円から720万円が最大で加算される仕組みです。また、1か月45時間超60時間以内の時間外労働に対する割増賃金率を50%以上に引き上げた場合には、助成金の上限額に100万円が加算される予定です。
4. 非正規雇用労働者の処遇改善支援
4-1. キャリアアップ助成金の拡充と情報開示加算の新設
キャリアアップ助成金は、非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善を支援する助成金です。2026年度は554億円という大規模な予算が概算要求されており、制度の拡充が図られています。
最も注目すべき変更点は、非正規雇用労働者の情報開示加算の新設です。この加算は、企業が非正規雇用労働者に関する情報を適切に開示した場合に、1事業所あたり20万円(中小企業以外は15万円)が追加支給されるものです。人的資本経営の推進という政府の方針を反映した新しい取り組みといえます。
正社員化コースでは、通常の正社員転換制度を新たに規定し転換した場合に1事業所あたり20万円、勤務地限定・職務限定・短時間正社員制度を新たに規定し転換した場合に40万円が支給されます。非正規雇用労働者を正社員として雇用することは、人材の定着や育成の観点からも重要であり、この助成金を活用することで企業の人材戦略を強化することができます。
4-2. 65歳超雇用推進支援助成金による高齢者雇用の促進
高齢化社会が進展する中、65歳を超えても働き続けることができる環境整備は、企業にとっても労働者にとっても重要な課題です。65歳超雇用推進支援助成金は、この課題に対応するための支援制度として、2026年度に大きく拡充される予定です。
高年齢者評価制度等雇用管理改善コースでは、支給上限額が30万円から60万円へと倍増されます。このコースは、高齢者の雇用管理制度の整備や、短時間勤務制度の導入、高齢者に係る賃金・人事処遇制度の改善などを実施した事業主に対して助成するものです。高齢者が能力を発揮できる職場環境を整備することで、企業の人材確保にも貢献します。
また、高年齢者無期雇用転換コースでは、50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換させた事業主に対する助成額が、1人あたり30万円から40万円へ引き上げられる予定です。雇用の安定化と高齢者の活躍促進を同時に実現できる制度として、積極的な活用が期待されます。
4-3. 両立支援等助成金による育児との両立支援強化
仕事と育児の両立支援は、女性活躍推進や少子化対策の観点から、ますます重要性を増しています。両立支援等助成金は、育児休業の取得促進や職場復帰支援などを行う事業主を支援する制度です。
2026年度の注目点は、育児休業中の新規雇用に関する助成の拡充です。従来、代替要員を雇用した期間が半年以上の場合に最大67.5万円が支給されていましたが、2026年度からは期間要件が1年以上に変更され、最大受給額も81万円に引き上げられる予定です。
この変更により、より長期的な視点での代替要員確保が支援されることになります。ただし、期間要件が厳しくなることから、申請のハードルは上がる可能性があります。計画的な人員配置と、育児休業取得者の復帰を見据えた体制整備が求められます。
育児休業中の手当支給では、休業取得時30万円と職場復帰時110万円を合わせて最大140万円、育児短時間勤務中の手当支給では、育児短時間勤務開始時23万円と子が3歳到達時105万円を合わせて最大128万円が支給される予定です。業務体制整備経費(社会保険労務士委託なしの場合)は育児休業取得者1人目につき6万円(育児短時間勤務の場合は3万円)、業務代替手当として支給額の4分の3が助成されるなど、きめ細かな支援体制が整えられています。
5. リスキリング・人材育成支援の本格化
5-1. 人材開発支援助成金の大幅拡充
デジタル化やビジネスモデルの変革が急速に進む中、従業員のスキルアップやリスキリング(学び直し)の重要性が高まっています。人材開発支援助成金は、職業訓練を実施する事業主を支援する制度として、2026年度に533億円の予算が概算要求されています。
最大の注目点は、リスキリング支援コース受講企業への設備投資助成の新設です。この新設助成では、訓練で得た知識や技能を活用し生産性向上に繋がる機器・設備を購入した場合に助成が行われます。対象は中小企業のみで、助成額は購入費用の50%、上限は最大150万円となる予定です。受講者数に応じて上限が設定されるなど、実効性のある仕組みが検討されています。
この設備投資助成の新設により、研修による人材育成と設備投資による生産性向上を一体的に進めることができるようになります。単に知識を学ぶだけでなく、それを実際の業務に活かすための環境整備まで支援されることで、より実効性の高い人材育成が可能となります。
5-2. 教育訓練制度の見直しと中高年齢者支援
教育訓練休暇付与コースでは、制度導入と適用計画期間が緩和され、休暇取得後速やかに申請可能となる見直しが予定されています。人への投資促進コースでは、長期教育訓練休暇制度において、休暇取得者に代わって業務を行った職員への職務代行手当等が助成対象に追加される予定です。
さらに、中高年齢者実習型訓練という新しい訓練コースも検討されています。これは45歳以上を対象とした、OFF-JTとOJTを組み合わせた訓練です。ミドル世代の学び直しを支援することで、長期的なキャリア形成と企業の人材活用の両立を図る狙いがあります。
これらの施策は、企業の人材育成体制を強化するとともに、従業員一人ひとりのキャリア開発を支援する重要な制度として位置づけられています。
6. より高い処遇への労働移動支援
6-1. 早期再就職支援等助成金による労働移動の円滑化
早期再就職支援等助成金は、事業規模の縮小等により離職を余儀なくされた労働者の再就職支援を行う事業主を支援する制度です。2026年度は、雇入れ支援コースが9.5億円、中途採用拡大コースが10億円の予算で概算要求されています。
雇入れ支援コースでは、離職を余儀なくされた労働者を早期に雇い入れ、賃金を上昇させた事業主に対して助成が行われます。雇入れ前の賃金と雇入れ時の賃金を比較して5%以上上昇させた場合に助成されるもので、労働移動を伴う賃上げを促進する狙いがあります。
中途採用拡大コースでは、賃金上昇を伴う中途採用者の雇用拡大を図る事業主に対して助成が行われます。中途採用を拡大し、雇入れた中途採用者の賃金を雇入れ前の賃金と比較して5%以上上昇させた場合に助成されます。生産性の向上や会社全体の賃金の底上げに取り組む場合には、さらに加算措置が受けられる仕組みです。
6-2. 産業雇用安定助成金のスキルアップ支援新設
産業雇用安定助成金のスキルアップ支援コースは、1億円の予算で新たに設けられる予定です。このコースは、在籍出向を活用して労働者のスキルアップを行う事業主に対して支援を行うものです。
具体的には、出向復帰後に賃金を5%以上上昇させた場合に助成されるもので、「在籍出向」という働き方を通じた人材育成と処遇改善を同時に実現する新しいアプローチといえます。他社での就業経験を通じて新たなスキルや知識を習得し、それが賃金上昇という形で評価される仕組みは、労働者のキャリア形成の観点からも有効です。
これらの施策は、労働市場の流動性を高めながら、労働者がより良い条件で働ける環境を整備することを目指しています。企業にとっては、優秀な人材を確保する機会として活用できる制度です。
7. まとめ
2026年度の助成金制度は、「賃上げ」と「リスキリング」を二本柱として、多くの助成金で拡充が予定されています。政府の「賃上げを起点とした成長型経済の実現」という明確な方針のもと、企業の生産性向上と労働者の処遇改善を両立させる施策が展開されています。
業務改善助成金の大幅な予算増額、キャリアアップ助成金における情報開示加算の新設、65歳超雇用推進支援助成金の受給額引き上げ、両立支援等助成金の拡充、人材開発支援助成金における設備投資助成の新設など、各助成金制度において実効性の高い改善が図られています。
中小企業の経営者や人事担当者の皆様におかれましては、これらの助成金制度を積極的に活用し、自社の人材戦略や賃金制度の見直しを進めることをお勧めいたします。助成金の活用は単なる資金的支援にとどまらず、企業の競争力強化や持続的成長につながる重要な経営施策となります。
当事務所では、助成金の最新情報を常に把握し、皆様の事業に最適な助成金活用をご提案しております。助成金に関するご質問やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
本記事でご紹介した内容は、2025年8月末時点での概算要求に基づくものであり、今後の予算編成過程で内容が変更される可能性があります。実際の申請に際しては、必ず最新の公式情報をご確認いただくとともに、専門家である社会保険労務士にご相談されることをお勧めいたします。
【参考資料】

















