2025年4月改正「人材開発支援助成金」を徹底解説~知っておきたい変更点と実務対応のポイント~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

企業の人材育成を支援する「人材開発支援助成金」が2025年(令和7年)4月1日から見直されました。この助成金は、事業主が従業員に対して訓練を実施した際に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部などを助成する制度です。厚生労働省は今回の見直しを「人材開発支援助成金を利用しやすくするため」と説明しています。

昨今、DXや事業転換などに対応するために企業の人材育成がますます重要視されています。今回の制度改正を機に、自社の人材育成計画を見直し、助成金の活用を検討してみてはいかがでしょうか。本記事では、2025年(令和7年)4月1日から見直された主な改正点について解説します。

2. 賃金助成額の拡充

2-1. 賃金助成額の引き上げ

今回の改正では、昨今の賃金上昇を踏まえ、賃金助成額が引き上げられました。具体的には、以下のような変更があります。

人材育成支援コース

  • 人材育成訓練、認定実習併用職業訓練、有期実習型訓練:
    1. 通常時:760円→800円(中小企業)、380円→400円(中小企業以外)
    2. 賃上げ要件達成時:960円→1,000円(中小企業)、480円→500円(中小企業以外)

人への投資促進コース

  • 高度デジタル人材訓練:960円→1,000円(中小企業)、480円→500円(中小企業以外)
  • 成長分野等人材訓練:960円→1,000円(国内の大学院利用の場合)
  • 情報技術分野認定実習併用職業訓練:
    1. 通常時:760円→800円(中小企業)、380円→400円(中小企業以外)
    2. 賃上げ要件達成時:960円→1,000円(中小企業)、480円→500円(中小企業以外)
  • 長期教育訓練休暇制度:
    1. 有給休暇の場合:960円→1,000円(中小企業)、760円→800円(中小企業以外)
    2. 賃上げ要件達成時:有給休暇の場合の加算が追加

事業展開等リスキリング支援コース
960円→1,000円(中小企業)、480円→500円(中小企業以外)

2-2. 賃上げに係る要件とは

賃上げに係る要件とは、訓練の効果を賃金面に反映させることで従業員のモチベーション向上とスキル活用を促進するための条件です。具体的には、訓練修了後に訓練受講者の賃金改定を行い、改定前後の賃金を比較して5%以上の上昇がみられる場合に適用されます。また、別の方法として、資格等手当の支払いを就業規則等に明確に規定した上で、訓練修了後に受講者に対してその手当を支給し、支払い前後の賃金を比較して3%以上の上昇が確認できる場合も要件を満たすとみなされます。

こうした条件を満たした事業主に対しては助成率等が加算される仕組みとなっており、これは単に訓練を実施するだけでなく、その成果を従業員の処遇改善に結びつけることを促す政策意図が反映されています。企業としても、従業員の能力向上と処遇改善を連動させることで、人材育成の効果を最大化することができるでしょう。

3. 有期契約労働者等に対する助成メニューの整理・重点化

3-1. 有期契約労働者の正社員転換促進

今回の改正では、有期契約労働者等の訓練機会の確保および正規雇用労働者への転換等を促進するために、人材育成支援コースにおける有期契約労働者等に対する助成メニューが整理・重点化され、経費助成率が次の通り見直されました。

  • 人材育成訓練(有期契約労働者等対象)
    1. 訓練実施のみの場合:60%→70%
    2. 賃上げ要件達成時:75%→85%
    3. 正規雇用転換実施時:70%(変更なし)
    4. 正規雇用転換+賃上げ要件達成時:100%→85%
  • 有期実習型訓練(OJTとOFF-JTの組合せ)
    1. 正規雇用転換実施時:70%→75%
    2. 正規雇用転換+賃上げ要件達成時:100%(変更なし)

※ 今回の改正で有期実習型訓練は正規雇用転換を実施した場合に限定した上で、経費助成率を引き上げましたが、結果として訓練実施後に転換できなかった場合でも、支給決定時までに一定要件(職業能力開発推進者の選任、事業内職業能力開発計画の策定・周知、定期的なキャリアコンサルティング機会の確保)を満たせば「人材育成訓練」の助成を受けられる可能性があります。

有期実習型訓練とは、正社員経験の少ない有期契約労働者を正社員に転換させることを目的として実施する、企業内の実習(OJT)と座学等(OFF-JT)を組み合わせた訓練です。訓練実施期間が2か月以上であり、総訓練時間数が6か月当たりの時間数に換算して425時間以上であることなどの要件があります。

3-2. 訓練実施時の留意点

有期実習型訓練を実施した後、当初の目的である対象労働者の正規雇用労働者等への転換が実現できなかった場合でも、訓練の取り組み自体は評価されます。この場合、支給決定時までに職業能力開発推進者を選任し、事業内職業能力開発計画を策定・周知していること、さらに定期的なキャリアコンサルティングの機会確保について就業規則等に定めていることなどの要件を満たしていれば、「人材育成訓練」の枠組みで助成が受けられる可能性があります。

厚生労働省はこの制度の活用を通じて、有期契約労働者の職業能力の向上と同時に働く意欲の促進も図ろうとしています。訓練を受けた労働者が企業に定着することで職場全体の生産性向上につながるだけでなく、人材育成に積極的に取り組む企業として市場での評価も高まることが期待されます。キャリアアップを重視する求職者に対しても、こうした取り組みは企業の魅力として効果的にアピールできるポイントとなるでしょう。

4. 助成金の申請手続き・申請書類・添付書類の簡素化

4-1. 申請手続きの流れ

人材開発支援助成金の申請手続きは一連の流れで進められます。まず始めに、訓練開始日の6か月前から1か月前までの期間内に、事業所を管轄する労働局へ計画届を提出することが必要です。この期間設定は計画的な人材育成の取り組みを促すとともに、労働局側での審査準備期間を確保するためのものです。次に、提出した計画内容に沿って実際の訓練を実施します。訓練実施中は受講状況や指導内容の記録をしっかりと残しておくことが重要です。そして訓練が終了した後は、訓練終了日の翌日から2か月以内という期限内に、助成金の支給申請書類を提出します。

これらの手続きを経て、管轄労働局において申請内容が助成金の支給要件を満たしているかの審査が行われ、要件を満たしていると判断された場合に正式な支給決定がなされる仕組みとなっています。計画的に準備を進め、各段階での書類作成や記録管理を確実に行うことが、スムーズな助成金受給につながります。

4-2. 申請手続きの簡素化

今回の改正では、従来の申請手続きにおける煩雑さを解消するための簡素化が大きな特徴となっています。これまでは計画届の提出時と支給申請時に同様の申請事項や提出書類の重複があり、事業主の負担となっていました。改正後は計画届提出時と支給申請時の申請項目および添付書類が削減・整理・統合され、効率化が図られています。特に重複していた書類については、主に支給申請時にまとめて提出する形に変更されました。

簡素化の具体的な内容としては、複数のコースで異なっていた申請様式が統一されました。人材育成支援コース、人への投資促進コース(長期教育訓練休暇等制度は除く)、事業展開等リスキリング支援コースの一部で使用する申請様式が3コース共通の様式となり、様式間の違いによる混乱が解消されています。また申請様式自体の記載事項も削減され、必要最小限の情報記入で済むようになりました。添付書類についても整理・統合が行われ、何のために何を提出するのかが明確になったことで、準備の効率化が可能になっています。さらに実務上の大きな改善点として、賃金助成の内訳、経費助成の内訳およびOFF-JT実施状況報告書に自動計算機能が実装されたことで、計算ミスの防止と作業時間の短縮が実現しています。

これらの申請手続きは、「雇用関係助成金ポータル」を通じた電子申請で行うことも可能です。電子申請には「GビズID」の取得が必要となりますが、24時間いつでも申請でき、書類の郵送や窓口持参の手間が省けるなどのメリットがあります。社会保険労務士や代理人による申請にも対応していますので、積極的に活用を検討してみてはいかがでしょうか。 (※もちろん、従来通り紙での申請も可能です。)

4-3. 計画届の確認・受理行為の廃止

これらの申請手続きの簡素化に伴い、労働局における計画届の確認・受理行為が廃止され、受付のみとなりました。助成金の支給・不支給に関する審査は支給申請時に一括して実施されることになります。

なお、計画届の提出時には、計画届の記入漏れや書類の添付漏れ等の確認は行われますが、計画届を提出したことをもって、助成金が確実に支給されるものではないことにご留意ください。特に初めて助成金を申請する場合など不明点がある場合は、計画届の提出前に余裕をもって管轄労働局までご相談ください。

5. その他の主な見直し

5-1. eラーニング、通信制による訓練の要件明確化

eラーニング、通信制による訓練の支給対象訓練の要件について、「広く当該訓練等の受講者を募るために、計画届の提出日時点で、自社のホームページに当該訓練等の情報(当該訓練等の概要、当該民間の教育訓練機関の連絡先、申込みや資料請求が可能な状態であることが分かること)を掲載していること」と明確化されました。

訓練等の概要とは、訓練コース名、どのような訓練を受けられるのか、当該訓練によりどのような知識や技能が習得できるかをいいます。

5-2. 提出期限や判定基準の変更

計画届の提出期限はこれまで「訓練開始日の1か月前まで」としていましたが、「訓練開始日から起算して6か月前から1か月前までの間」と変更されました。

また、中小企業事業主の判定については、計画届の提出時ではなく、支給申請時の内容で決定することになりました。

訓練の実施期間の途中に対象労働者が申請事業主の設置する他の事業所に転勤する場合も助成対象となりました。

5-3. テレワーク関連の要件緩和

OFF-JTおよびOJTをテレワークにより自宅等で実施する場合に、企業としてテレワーク制度等を導入していることがわかる就業規則等の提出が不要となりました。

人への投資促進コースの情報技術分野認定実習併用職業訓練について、情報通信業以外の事業主の場合のOJT指導者要件「IT分野実務経験5年以上またはITSSレベル2以上の資格取得者」が廃止されました。

人への投資促進コースの長期教育訓練休暇制度について、対象労働者要件「6か月以上被保険者であること」の時点が「計画届の提出日」から「対象労働者が休暇を取得する日」に変更されました。

6. 不適正な勧誘に関する注意喚起

近年、「助成金を活用して従業員に訓練を実質無料で受けさせることができる」などと謳い、本来受けることができない助成金・訓練の提案・勧誘を行う訓練機関やコンサルティング会社などが存在しているという情報が寄せられています。

人材開発支援助成金は、申請事業主が従業員に訓練を受講させ、訓練経費を全て負担する等の支給要件を満たした場合に、訓練経費の一部等を助成する制度です。返金を受けることなどにより、実際に申請事業主が全て訓練経費を負担していない場合は、支給要件を満たさないため、助成金を受給することはできません。

場合によっては、不正受給を行った事業主として、事業主(企業)名や代表者名を公表されることもあります。また、悪質な場合は捜査機関に刑事告訴されることもあります。

また、人材開発支援助成金は企業の人材育成を支援するために、企業が支払った訓練経費の一部を助成するものであり、助成金を受給することによりその企業が利益をあげることは制度の仕組み上不可能です。助成金を活用して利益をあげることができるなどと謳った勧誘には十分注意しましょう。

7. まとめ

今回の人材開発支援助成金の見直しにより、賃金助成額の拡充や、有期契約労働者等に対する助成メニューの整理・重点化、申請手続きの簡素化などが行われました。これらの変更は企業の人材育成への取り組みを後押しするものとなっています。

特に、有期契約労働者の正社員転換を促進するための有期実習型訓練に対する助成率の引き上げは、雇用の安定と人材の定着を図る上で大きなサポートとなるでしょう。また、申請手続きの簡素化により、助成金の利用しやすさが向上しています。

ただし、助成金の申請には依然として様々な要件があります。計画届を提出しただけでは助成金の支給が確定するわけではなく、支給申請時に要件を満たしているかが審査されます。特に初めて申請する場合などは、事前に管轄労働局への相談をお勧めします。

また、不適正な勧誘に関する注意喚起にもあるように、助成金を活用して利益を上げることはできません。訓練機関やコンサルティング会社からの勧誘には十分注意し、疑問があれば管轄労働局に確認するようにしましょう。

人材育成は企業の将来を左右する重要な要素です。この助成金を適切に活用し、従業員のスキルアップと企業の成長につなげていただければ幸いです。

制度の詳細や人材開発支援助成金の活用に関するご相談、申請手続きについてご不明な点がございましたら当事務所までお気軽にご相談ください。

※本記事の作成にあたっては、厚生労働省が公表している「令和7年4月1日から人材開発支援助成金の見直しを行います」というリーフレットを参考にしています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001469655.pdf
また、詳細は厚生労働省のホームページをご確認ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html