見据えておきたい労働基準法の変革~有識者会議が描く将来の方向性~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

働き方改革関連法の施行から約5年が経過し、今、労働基準法は新たな転換期を迎えようとしています。

2024年11月12日に労働基準関係法制研究会(厚労省の有識者メンバー)から「労働基準関係法制研究会 (議論のたたき台)」が公表されました。本研究会は、学識経験者や実務家などで構成される有識者会議で、労働法制の将来的な在り方について、専門的な見地から検討を行っています。
今回は、この「議論のたたき台」の内容についてできるだけ分かりやすく解説させていただきます。

見直しの背景には、私たちの働き方を取り巻く大きな環境変化があります。新型コロナウイルス感染症を契機としたテレワークの普及、副業・兼業の増加、さらにはフードデリバリーに代表されるギグワークなど、従来の労働基準法が想定していなかった働き方が急速に広がっています。また、AI・ITの進展により、労務管理の手法も大きく変化してきました。

「ギグワーク」とは、ギグ(Gig)と(Work)を組み合わせてできた言葉で、「短時間・単発でできる仕事」をする働き方のことを指す言葉。

このような状況の中、現行の労働基準法では十分に対応できない課題が次々と浮上しており、法改正の必要性が指摘されていました。今回の「たたき台」は、こうした課題に対応するための重要な方向性を示すものといえます。

2. 労働基準法見直しの主要テーマ

2-1. 「労働者」の定義の現代化

現在の労働基準法における「労働者」の判断基準は、1985年に労働基準法研究会で示されたものです。しかし、約40年という長い時を経て、働き方が大きく変化する中で、従来の基準では判断が困難なケースが増加しています。

例えば、スマートフォンのアプリを通じて仕事を受注するフードデリバリーの配達員は、労働者なのでしょうか、それとも個人事業主なのでしょうか。また、クラウドソーシングを通じて仕事を請け負うクラウドワーカーについては、どのように考えれば良いのでしょうか。

このような新しい働き方に対応するため、職種別の具体的な判断基準の整備や、より現代に即した新たな判断要素の追加が検討されています。また、判断基準の明確化だけでなく、労働者性の法的推定規定の導入なども検討課題とされています。

企業の皆様にとって、この「労働者」概念の見直しは、現在の契約形態や就業規則の内容に大きな影響を与える可能性があります。特に、個人事業主として扱っている方々について、労働者性の有無を改めて確認する必要が出てくるかもしれません。

2-2. 「事業場」概念の見直し

現行の労働基準法は「事業場」単位での規制を基本としています。しかし、テレワークの普及により、労働者の就業場所が分散化し、従来の事業場単位での管理が実態に合わなくなってきています。

また、企業のデジタル化が進み、労務管理システムが統合化される中で、本社での一括管理を望む声も増えています。このような状況を踏まえ、検討会では事業場単位の原則は維持しつつ、企業単位や複数事業場での一括した手続きを認める方向性が示されています。

具体的には、36協定の締結や就業規則の作成・変更などについて、一定の条件のもとで企業単位や複数事業場での一括手続きが可能となる見込みです。ただし、これは形式的な一括処理を認めるものではなく、各事業場の労働者の意見が適切に反映される仕組みが前提となります。

2-3. 労使コミュニケーションの強化

36協定をはじめとする労使協定の締結には、労働組合もしくは過半数代表者の関与が必要です。しかし、現状では過半数代表者の選出が形骸化しているケースや、十分な情報提供がないまま形式的な署名を求められるケースなど、さまざまな課題が指摘されています。

これらの課題に対応するため、以下のような改善策が提案されています:

選出手続きの明確化については、使用者が過半数代表者の選出を求める際に、締結する予定の労使協定の内容や、過去の労使協定の履行状況などの情報を提供することが求められます。また、選出手続きの透明性を確保するため、選出過程の記録保存なども検討されています。

複数人による代表者体制については、事業場の規模や、労働者の多様性に応じて、複数の代表者を選出することが可能となる見込みです。これにより、より幅広い労働者の意見を反映することが期待されます。

会社からの情報提供や便宜供与については、過半数代表者が実効的な活動を行うために必要な情報(労働時間の実態、36協定の運用状況など)の提供や、活動時間の確保、施設利用の便宜などが制度化される方向です。

3. 労働時間制度の見直し

3-1. 実労働時間規制の見直し

2019年4月から施行された時間外労働の上限規制(原則:月45時間・年360時間、特別条項:年720時間等)については、現時点で大きな変更は予定されていません。これは、現行規制の定着を図ることが優先課題とされているためです。

ただし、自動車運転者や医師など、現在猶予措置が設けられている業種については、段階的に一般則に移行することが検討されています。該当する業種の企業の皆様は、中長期的な視点での対応準備が必要となってくるでしょう。

3-2. 勤務間インターバル制度

現在努力義務となっている勤務間インターバル制度について、法的な義務化が検討されています。原則として11時間のインターバル確保を基本としつつ、業務の実態に応じた例外規定も設けられる見込みです。

企業規模や業態によって導入における課題は異なりますが、特に中小企業への配慮として、段階的な実施や、一定の猶予期間を設けることも検討されています。具体的には、まず努力義務として導入を促進し、その後、企業規模に応じて段階的に義務化していくことが想定されています。

なお、インターバル時間を確保できない場合の代替措置(例:休息の確保や追加の休暇付与など)についても、検討が進められています。

3-3. 副業・兼業への対応

副業・兼業の促進は政府の重要施策の一つですが、現行制度では労働時間通算による割増賃金の取扱いが実務上の大きな障壁となっています。

この課題に対応するため、検討会では、健康管理の観点からの労働時間通算は維持しつつ、割増賃金計算については通算を不要とする方向性が示されています。これにより、副業・兼業に関する実務上の負担は大幅に軽減されることが期待されます。

ただし、この見直しに伴い、労働者の健康管理については、より慎重な対応が求められます。特に、副業・兼業を行う労働者の労働時間を適切に把握し、過重労働を防止するための仕組みづくりが重要となってきます。

4. 労働者の健康確保に向けた新たな規制

4-1. 連続勤務の制限

過重労働による健康障害を防止するため、13日を超える連続勤務を原則として禁止する新たな規制が検討されています。これは、労災認定の基準でも、2週間以上の連続勤務が過重負荷の指標の一つとされていることを踏まえたものです。

ただし、災害対応や緊急時など、真にやむを得ない場合については例外規定が設けられる見込みです。また、企業の皆様には、この規制への対応として、より計画的なシフト管理や、代替要員の確保などが求められることになります。

4-2. つながらない権利

デジタル化の進展により、勤務時間外でもメールや社内チャットでの業務連絡が日常化している実態を踏まえ、いわゆる「つながらない権利」の制度化が検討されています。

具体的な規制内容については、フランスなどの海外事例も参考に検討が進められています。ただし、画一的な規制ではなく、各企業の実情に応じた柔軟な対応を認めつつ、労使での話し合いによるルール作りを促進する方向となっています。

4-3. 管理監督者への健康確保措置

労働時間規制の適用除外となっている管理監督者についても、新たな健康確保措置の導入が検討されています。現行法では特別な健康・福祉確保措置が設けられていませんが、長時間労働による健康への影響が懸念されているためです。

5. まとめ:企業に求められる対応

今回示された検討内容は、現代の働き方に即した労働基準法制を目指すものであり、今後の企業実務に大きな影響を与えることが予想されます。特に以下の点については、早めの準備が望まれます。

まず、「労働者」概念の見直しへの対応です。現在の契約形態や就業実態を総点検し、新たな基準に照らした適切な管理体制の構築を検討する必要があります。特に、個人事業主として扱っている方々との契約関係については、慎重な見直しが必要となるでしょう。

次に、労使コミュニケーション体制の整備です。過半数代表者の選出・運用方法の見直しや、必要な情報提供体制の構築など、実質的な労使対話の実現に向けた取り組みが求められます。形式的な対応ではなく、真の意味での労使コミュニケーションの確立が重要です。

さらに、労働時間管理の見直しです。勤務間インターバルや連続勤務制限など、新たな規制への対応を見据えた体制整備が必要となります。特に、中小企業の皆様におかれては、段階的な対応計画の策定をお勧めいたします。

なお、これらはあくまでも検討段階の内容であり、今後さらなる議論を経て具体的な制度設計が行われていきます。当事務所では、引き続き検討状況を注視し、必要な情報を随時提供させていただく予定です。

また、個別の対応についてのご相談も承っております。今後の法改正に向けた準備について、お悩みやご不明な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。