職場の「ハラスメント未満」事案への適切な対応~未然に防ぐ企業のリスク管理~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

昨今、職場におけるハラスメント対策は企業の重要な責務となっています。パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントなど、明らかなハラスメントへの対応策は整備されつつありますが、実際の現場では「これはハラスメントに該当するのか?」と判断に迷う「グレーゾーン」の事案も少なくありません。

近年のハラスメント防止に関する社会的関心の高まりにより、企業の現場では明確なハラスメントの基準に満たないものの、放置すれば職場環境に悪影響を及ぼす可能性がある言動の把握と対応が課題となっています。本記事では、このような「ハラスメント未満」の事案への適切な対応方法について解説します。早期発見と適切な対応が、企業のリスク管理において重要な鍵となることをお伝えしたいと思います。

2. ハラスメント対策の法的枠組みと企業の義務

2-1. 日本におけるハラスメント防止措置の法的義務

日本の法律では企業に対して複数のハラスメント防止措置が義務付けられています。セクシャルハラスメントは2007年の男女雇用機会均等法から、マタニティハラスメント、パタニティハラスメント、ケアハラスメントは2017年に育児・介護休業法などで、そして最も近年ではパワーハラスメントが2020年の改正労働施策総合推進法により防止措置が義務化されました。

これらの法律に基づき、企業は具体的に四つの措置を講じることが求められています。まず事業主の方針を明確にし社内に周知・啓発すること、次に相談体制を整備すること、さらにハラスメントが起きた際の迅速かつ適切な対応体制を構築すること、そして相談者のプライバシー保護や不利益取扱いの禁止などの併せて講ずべき措置を実施することです。これらはすべての企業が遵守すべき基本的な義務となっています。

2-2. 企業の実施状況と効果的な取り組み

厚生労働省の調査によると、多くの企業が相談窓口の設置(86.0%)や就業規則等への規定(82.6%)などの対策を実施していますが、相談対応者のマニュアル作成・研修等(47.8%)など、実効性の高い対策の実施率はまだ十分とは言えません。

効果的なハラスメント防止の取り組みとしては、経営トップからの明確なメッセージ発信や定期的な研修が重要です。特に研修においては、単に法律の解説だけでなく、組織の課題に即した内容であること、年に1回以上の定期的な実施、適切な講師の選定などが成功の鍵となります。

3. 「ハラスメント未満」事案とは何か

3-1. グレーゾーンの具体例

「ハラスメント未満」と呼ばれるグレーゾーンの事案は日常業務の中でよく見られます。例えば介護現場で「あなた力持ちだから、この荷物運ぶの手伝って」と特定の従業員に過大な負担を求めるケースや、人材紹介業で「英語の求人票が届いたから翻訳して」と業務範囲を超えた要求をするケース、外食業で「また土日に休みを取るの?理由は?」とプライベートに踏み込む質問をするケースなどが挙げられます。

また、異性の部下を「〇〇ちゃん」と呼ぶことや、業務に関係なく「かわいいね」「きれいだね」と容姿を褒めることなども、状況によっては相手に不快感を与える可能性があります。これらは一見すると業務上のコミュニケーションや冗談の範囲内と思われがちですが、受け手によっては精神的負担となることがあります。

3-2. 放置することのリスク

「ハラスメント未満」の事案を放置することには様々なリスクが伴います。まず行為者にとってその行動が「容認されている」と受け取られ、継続的に行われるようになる可能性があります。さらに時間の経過とともに言動がエスカレートし、明らかなハラスメントに発展するケースも少なくありません。

受け手の側では、不快な言動によるストレスが蓄積し、メンタル不調に発展することがあります。また職場全体の雰囲気が悪化し、チームワークや生産性の低下を招くこともあります。さらに深刻な問題として、こうした状況に耐えられなくなった優秀な人材が流出したり、同様の言動が他の従業員にも広がる「追随現象」が発生したりする恐れもあります。小さな問題を見逃さず早期に対処することが、企業全体の健全な職場環境維持には不可欠です。

4. 相談窓口の役割と適切な運用

4-1. 相談窓口の目的と種類

相談窓口の主な目的は、ハラスメント行為を受けている従業員への救済措置を提供することと、グレーゾーン事例を早期に発見して防止措置を講じることです。相談窓口は大きく内部と外部に分けられます。

内部相談窓口としては、当事者の上司などの管理職が対応するケース、人事部や法務部といった専門部署が担当するケース、産業医や産業カウンセラーが相談に応じるケースなどがあります。また労働組合も内部相談窓口としての機能を果たすことがあります。

一方、外部相談窓口としては、企業が委託している弁護士や社会保険労務士の事務所、メンタルヘルスや職場のハラスメント相談を専門に扱う民間企業などがあります。公的機関としては、労働基準監督署内の総合労働相談コーナーなども従業員が直接相談できる窓口となっています。企業規模や状況に応じて、これらの窓口を適切に組み合わせて設置することが重要です。

4-2. 相談対応の流れと担当者の役割

相談対応は一般的に「一次対応」と「二次対応」に分けられます。

一次対応では、相談を受け付け、相談者の訴えを傾聴し、意向を確認します。この段階では、相談者のプライバシー保護について説明し、安心して話せる環境を作ることが重要です。

二次対応では、事実関係の確認を行い、必要に応じてハラスメント対策委員会による協議、本人・相手方への説明、事情聴取などを実施します。事実関係に基づいて判定を行い、懲戒に値するか否かの判断や再発防止措置を講じます。

規模の小さい企業では一次対応と二次対応を兼ねた窓口を設置することが多いですが、規模の大きな企業では役割を分けることで専門的な対応が可能になります。

5. 「ハラスメント未満」事案への適切な対応のポイント

5-1. 相談員に求められるスキルと心構え

相談員は、カウンセラーとは異なる役割を持っていることを理解しておく必要があります。心理カウンセラーが「相談者自身の自己解決や自己理解をサポートする」のに対し、ハラスメント相談員は「ハラスメント行為を受けている者を救済するために必要な事実を聞き取る」ことが主な役割です。

相談員に求められる重要なスキルとして、「相手の心情に寄り添う言葉かけ」があります。「それは、お辛かったことでしょう」「今日まで耐えて来られたのですね」などの言葉をかけることで、相談者は自分の思いが理解されたと感じ、安心して話を続けることができます。

5-2. 避けるべきNG言動

相談対応において、相談員が使用する言葉や態度は相談者の心理状態や問題解決に大きな影響を与えます。特に避けるべき言動としていくつかのカテゴリーがあります。まず、「あなたの行動にも問題があったのでは」「なぜもっと早く相談しなかったのか」といった相談者を責める言動は、相談者の自責感を強めるだけでなく、相談そのものを萎縮させる原因となる可能性があります。

また、「それはハラスメントです」「それはハラスメントではありません」といった断定的な発言も控えるべきです。相談員の役割は法的判断を下すことではなく、事実を正確に聴取することが主目的であるためです。さらに、「これくらいは当たり前」「我慢した方がよい」「問題にしない方がいい」といった説得するような言動も不適切です。これらは相談者の感じている問題を矮小化し、解決から遠ざける結果となります。

相談者へのアドバイスと思われがちな「やられたらやり返せばいい」「無視すればいい」「忘れて仕事に集中した方がよい」といった助言も避けるべきです。こうした言葉は問題の本質的な解決にはつながらず、かえって状況を悪化させる可能性があります。相談員としては相談者の話をしっかり聴き、事実を整理し、組織として適切に対応する道筋を示すことが重要です。これらのNG言動を避け、相談者の信頼を得られるコミュニケーションを心がけましょう。

5-3. 記録の重要性と方法

相談内容を適切に記録することは、事実関係の明確化、相談者への適切な対応、対応のノウハウ蓄積、再発防止のためのデータ活用などの観点から非常に重要です。

記録では、基本情報(日時、場所、相談者情報など)だけでなく、「誰との間の出来事か」「どのような関係か」「いつ・どこで・何が行われたか」「どのように感じたか」「どのような影響が出ているか」など、5W4Hを意識した詳細な記録が必要です。また、相談者の心身の状況や今後の対応予定なども記録しておくと良いでしょう。

6. まとめ

職場における「ハラスメント未満」の事案は、放置することで深刻な問題に発展するリスクがあります。企業としては、明確な方針の周知・啓発と適切な相談体制の整備を一体的に機能させることが重要です。

特に相談窓口の担当者は、相談者の心情に寄り添いながらも、必要な事実を正確に聞き取るスキルが求められます。自己流の対応ではなく、相談窓口の役割と適切な対応方法を理解した上で対応することが必要です。

ハラスメント対策は単なる法的義務の履行ではなく、働きやすい職場環境づくりと企業価値の向上につながる重要な取り組みです。「ハラスメント未満」の事案にも適切に対応することで、より健全な職場環境を実現し、企業の持続的な発展につなげていきましょう。

当事務所では、相談窓口の設置・運用に関するアドバイスなど、企業のハラスメント対策をサポートしています。お気軽にご相談ください。


【参考情報】

・厚生労働省「職場におけるハラスメント対策が事業主の義務になりました!」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000611025.pdf
・厚生労働省「あかるい職場応援団」ウェブサイト
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
・令和5年度 厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/001256086.pdf