※本記事は、厚生労働省「職務給の導入に関する手引き(2025年2月版)」に基づき、企業経営者・人事担当者の皆さまに向けて執筆しています。
もくじ
1.はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
近年、日本企業において「職務給」への注目が高まっています。働き方やキャリアに対する考え方の変化、仕事と報酬の関係性の見直しなどを背景に、従来の年功序列型賃金体系から職務に基づく賃金体系への移行を検討する企業が増えています。
厚生労働省が2025年2月に発表した「職務給の導入に向けた手引き」によれば、職務給とは「基本給における『役割・職務の重要度』に基づいて決定される部分」とされています。一見すると新しい賃金体系のように思われがちですが、実は多くの企業がすでに様々な形で職務給を導入していることが明らかになっています。
今回は、厚生労働省の調査結果をもとに、職務給の現状、メリット、そして導入に向けたポイントについて解説します。人材確保が難しい現在の環境下で、職務給の導入が企業の競争力強化にどのように貢献するのか、経営者・人事担当者の皆様にとって参考になる情報をお届けします。
2.職務給の現状と特徴
2-1.日本企業における職務給の導入状況
厚生労働省の調査によると、多くの企業がすでに職務給を導入しています。さらに、企業の相当数で基本給に占める職務給の割合が管理職・非管理職いずれにおいても半分以上を占めています。
特筆すべき点は、職務給が特定の業種や企業規模に限らず、幅広く導入されていることです。製造業、金融業、小売業、IT業界など様々な業種で、また従業員数99人以下の企業から1,000人以上の大企業まで、多様な企業で職務給が取り入れられています。
職務給の浸透度合いを示す指標として「職務給スコア」があります。これは正社員の管理職と非管理職それぞれの基本給に占める職務給の割合の平均値です。例えば、基本給に占める職務給の割合が管理職で8割、非管理職で6割の場合、職務給スコアは7割となります。
2-2.職務給の形態と特徴
職務給の形態としては、等級に対応して基本給に幅を持たせる「レンジ・レート方式」が一般的です。特に等級間で基本給が重複するタイプが多く採用されています。
職務給を決定する際には「職務評価」が重要になります。職務評価には「要素別の評価」(役割・職務の要素ごとに評価し、その合計で重要度を決める方法)と「総合的な評価」(要素別ではなく総合的に評価する方法)があります。職務給の割合が大きい企業ほど「要素別の評価」を採用する傾向にあります。
職務評価で重視される要素としては、「専門性」「責任度」「問題解決の困難度」「経営への影響度」「対人関係の複雑さ」などが上位に挙げられています。
3.職務給導入のメリット
3-1.企業側のメリット
職務給を導入している企業が感じているメリットとして、最も多いのが「社員に求める役割・職務の要件が明確になる」(56.2%)というものです。次いで「仕事に応じた賃金を支払うことができる」(51.4%)、「管理職層の確保・定着につながる」(49.4%)、「社員の仕事に対する意欲が高まる」(41.6%)、「中堅社員の確保・定着につながる」(37.4%)といったメリットが挙げられています。
ある卸売業、小売業(従業員数500~999人)の企業からは「年功賃金をやめて、社員の努力や成果に応じて処遇することができるようにしたいと考え、職務給を導入しました。賃金を社員の役割ごとに決められることに加えて、昇給・昇格を実績に応じて決めやすくなったことで、社員のモチベーションが上がりました。その後、業績が回復したことにも影響していると感じています」という声が寄せられています。
また、人材採用の観点からも「中途採用をするなかで、年功序列の制度では求職者に仕事の内容や役割、能力に応じた処遇を示しづらい状況にありました。職務給を導入したことで、年齢にとらわれず、柔軟に賃金を検討することができるようになったため、こうした状況の改善につながりました」(建築業、従業員数100~299人)という効果も報告されています。
3-2.社員側のメリット
職務給は社員の側にもメリットをもたらします。調査によれば、管理職・非管理職にかかわらず、基本給に占める職務給の割合が高い社員ほど、職務給に対してポジティブな評価をしています。
例えば、基本給のうち職務給が半分以上を占める管理職の社員では、「担当する役割・職務に対する責任感が高まる」(42.0%)、「給与の決まり方に対する納得感が高まる」(41.0%)、「担当する役割・職務に関わる能力を高めたくなる」(39.5%)、「会社内でのキャリアを考えやすくなる」(39.0%)、「より高度な役割・職務に挑戦したくなる」(34.8%)といった効果を感じています。
非管理職においても同様の傾向が見られ、職務給の割合が高い社員ほど、モチベーション、能力開発、キャリア形成などの面でポジティブな影響を感じています。
さらに注目すべき点として、職務給の割合が高い社員は「できるだけ長く今の会社に勤めていたい」と考える傾向が強いというデータもあります。つまり、適切に設計された職務給は社員の定着率向上にも寄与する可能性があるのです。
4.職務給導入のポイントと留意点
4-1.人材マネジメントとの連携
職務給の導入を検討する際に重要なのは、職務給が人材マネジメント全体と密接に関連しているという点です。調査によれば、職務給の割合が大きい企業ほど、採用、職務の決め方、配置転換、育成、評価、雇用保障といった人材マネジメントの各側面においても「職務」を基軸とする傾向が強くなっています。
例えば、ある企業では「全社員を対象に職務給を導入しています。原則として5種類ある職種ごとに採用や配置転換を行っています。社員は管理職への昇進後も、同じ職種内で管理監督や指導の役割を担っていきます」というように、職務給と一体的に人材マネジメントを設計しています。
職務給の導入を成功させるためには、賃金制度だけでなく、採用、育成、評価など人事制度全体との整合性を考慮することが大切です。
4-2.職務評価の進め方
職務給を導入するにあたっては、職務評価の方法を確立することが不可欠です。前述のように「要素別の評価」と「総合的な評価」がありますが、特に職務給の割合を大きくする場合は「要素別の評価」を検討するとよいでしょう。
職務評価の具体的な進め方については、厚生労働省の「職務分析実施マニュアル」や「職務評価を用いた基本給の点検・検討マニュアル」が参考になります。また、「職務評価ツール」なども提供されていますので、活用するとスムーズに導入が進められるでしょう。
4-3.課題と対策
職務給の導入・運用に際しては課題も存在します。主な課題としては「役割・職務の分析・評価」「役割・職務に対応した賃金水準の設定」「役割・職務の定義」「適用する社員の範囲」「年齢・入社歴の違いを基本給に反映させること」などが挙げられています。
ある製造業の企業からは「役割・職務に応じた処遇を徹底するために、基本給をすべて職務給で構成するように制度を変更しました。処遇の見直しは実現できましたが、役割(役職)の実際の内容が、等級の定義からずれている場合があります。役割の定義と現場のマネジメントの両方において、今後の見直しが必要であると感じています」という声もあり、導入後の継続的な見直しの重要性がうかがえます。
また、職務給の導入は労働条件の変更に該当する可能性があるため、労使間での十分な話し合いが重要です。労働条件の変更には原則として社員と企業側の合意が必要(労働契約法第8条)であり、合意なしに不利益な変更はできません。ただし、就業規則の変更が合理的なものであれば、就業規則の変更によって労働条件を変更することも可能です(労働契約法第9条、第10条)。
5.中小企業における職務給導入のメリットと実践ポイント
5-1.中小企業ならではのメリット
中小企業においては、大企業と比較して職務給導入のメリットがより顕著に現れる可能性があります。
まず、組織規模が小さいため、役割・職務の定義や評価を比較的シンプルに行いやすいという点が挙げられます。また、少人数の組織では社員一人ひとりの役割の明確化がより重要となるため、職務給導入の効果が直接的に現れやすいでしょう。
さらに、中小企業では大企業のような年功序列型賃金体系を維持するのが難しい場合もあります。職務給の導入により、限られた人件費を効率的に配分し、重要な職務・役割を担う人材に適切な処遇を提供することが可能になります。
人材確保の面でも、職務給は中小企業の競争力強化につながります。「仕事内容や役割に応じた明確な処遇」を示すことで、求職者に対する魅力が高まり、優秀な人材の獲得につながる可能性があります。
5-2.中小企業における導入ステップ
中小企業が職務給を導入する際には、段階的かつ計画的なアプローチが効果的です。まず取り組むべきは現状分析です。自社の現在の賃金体系や抱えている課題を詳細に把握し、職務給導入によって何を実現したいのかという目的を明確にしましょう。これが土台となります。
次に進めるべきは役割・職務の分析です。組織内のすべての役割・職務を洗い出し、各職務の責任範囲や求められるスキル、期待される成果などを明確にします。この段階では社員へのヒアリングも有効で、実態に即した分析が重要です。
その後、職務評価の方法を確立し、実際に評価を行います。厚生労働省の職務評価ツールなどを活用しながら、専門性や責任度、問題解決の困難度などの要素について各職務を評価していきます。この評価結果に基づいて、各役割・職務の適切な賃金水準を設定していきます。
ここまでの準備が整ったら、現行制度から新制度への具体的な移行計画を作成します。特に現在の賃金と新制度での賃金の差異が大きい場合は、激変緩和措置も検討しておくとよいでしょう。
計画ができたら、社員への丁寧な説明と合意形成のプロセスに入ります。職務給の趣旨や具体的な仕組み、自分の処遇がどうなるのかについて、社員の理解と納得を得ることが何より重要です。一方的な通達ではなく、質問や懸念に丁寧に対応する姿勢が求められます。
全社一斉の導入ではリスクが高いため、一部門や一部社員を対象とした試行期間を設けることをお勧めします。試行の結果を踏まえて必要な調整を行った上で、全社的な本格導入へと進みます。導入後も定期的な見直しを行いながら、継続的に制度を改善していくことが大切です。
特に中小企業では、社員との距離が近いという特性を活かし、対話を重視した丁寧な導入プロセスを心がけましょう。全面導入を急がず、社員の理解度や組織の状況に合わせて段階的に進めることも、円滑な導入のポイントとなります。
6.まとめ
職務給は「基本給における『役割・職務の重要度』に基づいて決定される部分」であり、すでに多くの企業が導入しています。その主なメリットとしては、役割・職務の明確化、適切な処遇の実現、人材の確保・定着、社員のモチベーション向上などが挙げられます。
職務給を導入・運用する際には、人材マネジメント全体との整合性を考慮すること、適切な職務評価方法を確立すること、継続的な見直しを行うこと、そして労使間での十分な話し合いを行うことが重要です。
中小企業においては、組織の特性を活かした職務給の導入により、限られた人件費の効率的配分や人材確保の競争力強化などの効果が期待できます。
働き方の多様化や人材確保の困難さが増す中、職務給は企業の競争力を高める有効な手段の一つとなり得ます。自社の状況や課題に合わせて、職務給の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
当事務所では、職務給の導入支援や賃金制度の見直しに関するご相談を承っております。お気軽にお問い合わせください。
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