採用・試用期間の実務ポイント解説 ~トラブルを防ぐための就業規則運用のヒント~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

企業経営において人材の採用と育成は最も重要な課題の一つです。特に採用段階から入社後の試用期間にかけては、企業と従業員の関係構築の基礎となる重要な時期です。この時期に適切な対応ができるかどうかが、その後の労使関係の安定にも大きく影響します。

本記事では、就業規則の基本的な位置づけから始め、採用プロセスにおける就業規則の取り扱い、試用期間中の適切な運用方法、中途採用者への対応まで、人事労務の実務において特に注意すべきポイントをご紹介します。トラブルを未然に防ぎ、円滑な労使関係を構築するための参考にしていただければ幸いです。

2. 就業規則の重要性

2-1. 就業規則の必要性

就業規則は単なる形式的な書類ではなく、企業と従業員の関係を規定する重要な「社内法規」です。労働基準法89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務付けています。しかし、10人未満の小規模事業所でも就業規則を作成することには大きな意味があります。

例えば、懲戒処分に関する規定がなければ従業員を懲戒処分することができません。また、定年に関する定めがない場合、「定年なし」と判断される可能性もあります。さらに、会社独自の退職金制度や賞与、手当、休職制度などは、就業規則に規定して初めて契約内容として効力を持ちます。

小規模事業所の場合、就業規則を作成した上で、社内に周知するだけでも内部的な効力は発生しが、労働基準監督署への届出義務がない場合でも、合理的な内容であることが求められます。また、労使トラブル時には、周知の方法や内容が適切であったかが争点となる可能性があります。

2-2. 就業規則の効力要件

就業規則が効力を持つためには、「合理的な労働条件」と「周知性」という二つの要件を満たす必要があります。これは労働契約法7条に規定されています。

「合理的な労働条件」については、企業の人事管理上の必要性があり、労働者の権利・利益を不相当に制限していなければ、比較的広く認められる傾向にあります。基本的には「わが社で働く以上は、わが社の就業規則に従って働いてもらう」という前提が認められています。

「周知性」については特に重要です。就業規則が鍵のかかったロッカーに保管されていたり、本社にはあるが事業所にはなかったり、いつの間にか中身がなくなっていたりするケースでは、周知されているとは言えません。特に周知性が問題になるのは、懲戒処分、配置転換、固定残業代の有効性、定年などの従業員にとって不利益となる場面です。

なお、就業規則の効力には限界もあります。例えば、①周知性がない場合は効力が生じず、②裁判所が就業規則の規定と異なる判断をすることもあり、③公序良俗に反する規定(例:固定残業代120時間分など)は無効となり、④労働者に有利な個別合意がある場合はそちらが優先されます。

3. 採用プロセスにおける就業規則の取り扱い

3-1. 応募者への就業規則の開示

採用選考における各段階において、就業規則の開示についてどう対応すべきかは多くの企業が悩むところです。

応募段階で「就業規則を見せてもらえないと応募するかどうか決められない」と言われた場合、この時点では開示する必要はありません。会社が求人を出す行為は雇用契約の申込みの誘因に過ぎず、雇用契約の締結に至っていないからです。この段階では「申し訳ありませんが、社内規定のため、現時点では詳細な開示を控えております。具体的な労働条件の明示は、求人情報で必要な範囲で行っておりますので、その内容をご確認のうえご検討ください」と説明するのが適切です。

面接段階でも同様に、まだ内定ではなく雇用契約の締結に至っていないため、開示する必要はありません。ただし、面前で質問された場合は「申し訳ありませんが、まだ選考の段階なので就業規則を開示することはできませんが、気になる条件等があれば具体的におっしゃっていただければ、可能な範囲でご説明します」と丁寧に対応するべきです。

なお、求人募集時には、厚生労働省のガイドラインに基づき、明示義務のある労働条件を明示する必要があります。求人広告のスペースが足りない場合は『詳細は面談時にお伝えします』などと記載し、面接時には労働基準法15条および労働契約法4条に基づき、必須の労働条件を明示する必要があります。

3-2. 内定者への就業規則の周知

採用内定は一般的に「始期付解約権留保付雇用契約」と解されています。内定により雇用契約が締結されていると考えると、労働契約法7条の「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」という規定を踏まえれば、内定通知の段階で就業規則を閲覧できる状態にしておくべきでしょう。

周知の方法としては、内定通知書と合わせて規則類の写しを渡す、来社すればいつでも閲覧できるようにしておく、問い合わせがあれば就業規則を示して説明できるようにしておくなどが考えられます。

また、内定者に対して就業規則がどの程度適用されるかという問題もあります。入社日を「就労の始期」と解する場合は、労働契約上の拘束関係は内定時より生じており、内定者には入社日前でも就業規則中の就労を前提としない部分(例えば、会社の名誉・信用の保持、企業秘密の保持など)の適用があると考えられます。

ただし、内定段階で懲戒処分を行うことには違和感があります。むしろ、それらの事由が内定取消事由に該当するかどうかという観点で検討するのが適切でしょう。内定中に遵守してもらいたい事項があれば、就業規則とは別の文書で注意事項として渡すか、誓約書にサインしてもらう形が望ましいです。

4. 試用期間制度の運用

4-1. 試用期間制度の基本

試用期間は多くの企業で設定されていますが、その法的な位置づけをきちんと理解しておく必要があります。試用期間は契約期間の定め(有期)や契約の終了時期の定めではなく、本来の解雇とは別の特別な理由(普通解雇よりも緩やかで採用時には分からなかった契約継続が困難な事情)による解約権を留保している期間です。

つまり、「本採用しない」ということは「解約権を行使する」ことであり、結局は解雇に該当し、合理的な理由と社会的相当性が求められます。また、試用期間中に会社が何のアクションもしないと、その期間内に解約権を行使しなかったというだけで、自動的に本採用になります。

試用期間は通常3~6ヶ月程度に設定されることが多いですが、あまりに長期間(例えば2ヶ月の見習期間+1年の試用期間など)の場合、合理的な理由なく長期において不安定な地位におくものとして無効(公序良俗違反)とされる可能性があります。

また、試用期間満了直前になって対応に悩む事象が生じることもあるため、就業規則には試用期間の延長規定を設けておくことが望ましいでしょう。試用期間を延長する場合は『3ヶ月を上限として』などと上限を定め、かつ延長にあたっては労働者本人の同意を得ることが必要です。一方的な延長は無効とされる可能性があるため、適切な手続きが求められます。

4-2. 試用期間中の評価と記録

本採用拒否は基本的に普通解雇と同じです。裁判になった場合、裁判官は業界や業務内容への理解が不十分なケースもあるため、成績不良等が分かりやすく説明できるかが重要です。従業員側からの言い訳を想定し、それに対する反論を準備しておかないと、本採用拒否が有効と判断されるのは難しくなります。

成績不良、能力不足の従業員からは、「きちんと教えられていない」「営業成績は運もある」「割り当てられたエリアが不公平」「他の人も最初から成績が良かったわけではない」「業務の目標設定が高すぎる」「私より成績が悪い人がいる」などの言い訳がなされることが多いです。

このような言い訳に対応するためにも、試用期間の初期から気になる点はメモを取り、定期的に本人に指摘し、改善状況を記録していくことが重要です。特に、継続的な勤務態度不良がある場合は、繰り返しの注意指導の記録と、それに対する従業員の反応・態度から改善可能性がないことを立証できるかどうかが重要です。

具体的には、1ヶ月目が終了した時点で本人に書面で指摘し、2ヶ月目を観察期間とし、3ヶ月目の中盤までに本人と今後について面談するというステップを踏むとよいでしょう。その際、改善計画書を本人に書かせたり、業務内容が不明な場合は日報作成を指示したりすることも有効です。

4-3. 本採用・不採用の判断

試用期間途中でも、絶対に本採用しない場合については、試用期間満了まで待つ必要はありません。ただし、本採用拒否も解雇であるため、「雇い入れ後14日以内」の解雇であれば予告手当は不要ですが、それ以降であれば解雇予告手当の支払いが必要になります。

会社側としては「予告手当を払いたくないので30日前に予告してもよいか」と考えることもありますが、本採用拒否の理由が勤務態度不良や能力不足にある場合、30日前にすでに見切りをつけている必要があり、労働者側からは「あと1ヶ月残っていてその間で改善可能性があったのに見てもらえなかった」との反論もあり得るため、現実的ではないことが多いです。

また、試用期間中に体調不良になったケースでは、試用期間を延長すべきか悩むところです。試用期間を延長する義務が会社側にあるわけではありませんが、持病について事前に申告があった場合は、試用期間の延長を検討すべきでしょう。実務上は「試用期間を延長するが、この期間の持病による欠勤は当初想定していない事情であり本採用できない事情になることがある」と説明した上で、本人の意向を確認するとよいでしょう。

5. 中途採用者への対応

5-1. 即戦力人材の評価

中途採用者、特に即戦力として期待している人材の場合は、新卒採用とは異なる課題が生じることがあります。能力等への期待が高いことから、職務遂行能力に対する評価が厳しくなりがちです。また高い期待に応じて給与も高く設定していることが多く、実際の能力とのミスマッチがあると問題になります。

さらに、自身のプライドや自負から会社のやり方や方針を理解せず、自分のやり方を押し通そうとして部下や他部署との軋轢が生じるケースも少なくありません。注意指導をしても「環境が整っていない」「部下の能力がない」などと他責の言動をすることもあります。

このように、予定していた業務やプロジェクトを任せられなくなる状況に陥った場合、他の業務も任せられない、かといって高い給料のままというわけにもいかないという板挟みになることがあります。

5-2. 能力不足への対応

中途採用者の能力不足が顕著になった場合、会社として検討する対応としては、
1. 試用期間の延長
2. 職種転換・配置転換
3. 給与変更
4. 賞与の査定評価
5. 懲戒処分
6. 解雇・退職勧奨  などがあげられます。

しかし、給与を職務遂行能力に合わせて変更しようとすると、「年収は保証されている」「給与額を減額する根拠はない」との反論が予想されます。会社がどのような選択肢を取れるかは、どのような経緯で採用し、どのような雇用契約を締結していたかにより変わります。

また、中途採用者の場合、一定の能力やポジションを前提に採用されていることから、能力不足や解雇のハードルも変わります。新卒者のように教育指導を講じていないからといって、それだけで解雇等が否定されることにはなりません。

実務上のポイントとしては、まず試用期間は必ず設けておくべきです。「即戦力だから試用期間は不要」と考える企業もありますが、勤務態度不良や協調性不足など、知識・経験・能力以前に従業員としての適性が気になるケースもあります。

また、前職での職務経歴に疑問がある場合は、前職の退職理由証明書(労基法22条1項)を本人に提出するよう求めることも検討できます。採用内定通知を出す際には、特定の部署での特定の業務についての成果・活躍を期待する旨の文言や、具体的なプロジェクト一覧を提示するなどして、契約内容や期待を明確化しておくことも重要です。

6. まとめ

採用から試用期間にかけての適切な人事労務管理は、その後の労使関係を左右する重要な要素です。特に就業規則の適切な運用は、トラブルを未然に防ぐ鍵となります。

本記事でご紹介した通り、就業規則は単なる形式的な書類ではなく、労使関係の基本ルールを定める重要な「社内法規」です。10人未満の小規模事業所でも作成・周知することで内部的な効力が生じます。就業規則が効力を持つためには「合理的な労働条件」と「周知性」が重要であり、特に従業員に不利益となる場面では周知がきちんとなされていることが求められます。

採用プロセスにおいては、応募段階や面接段階での就業規則の開示は必須ではありませんが、内定段階では周知が望ましいと言えます。また、試用期間は契約期間の定めではなく解約権を留保する期間であり、本採用拒否は解雇に該当します。そのため、試用期間中の評価と記録を適切に行い、本採用拒否の際には客観的に合理的な理由を示せるようにしておくことが重要です。

中途採用者の場合は、特に即戦力として期待している場合、実際の能力とのミスマッチが問題になりやすいため、試用期間の設定や契約内容・期待の明確化が欠かせません。

これらのポイントを押さえた人事労務管理を行うことで、採用・試用期間を円滑に進め、その後の安定した労使関係につなげていただければ幸いです。人事労務管理でお困りの際は、ぜひ社会保険労務士にご相談ください。