もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
近年、企業における障害者雇用の在り方が大きく変化しています。かつての「法定雇用率を満たすため」という考え方から、「多様な人材の活躍による企業の成長」という視点へと、その捉え方は確実に進化しています。
2024年4月の法定雇用率引き上げから一定期間が経過し、多くの企業で障害者雇用への取り組みが本格化しています。さらに2025年度には新たな除外率の引き下げも予定されており、多くの中小企業の経営者や人事担当者の皆様が、これからの障害者雇用について検討されているのではないでしょうか。
本稿では、障害者雇用の最新動向と、実務において押さえるべきポイントと、企業の取り組みを支援する助成金制度についてについて、分かりやすく解説してまいります。
2. 障害者雇用の新しい潮流
2-1. 法定雇用率引き上げの動向
障害者雇用促進法に基づく法定雇用率は、2024年4月から2.5%に、さらに2026年7月からは2.7%へと段階的に引き上げられることが決定しています。これに伴い、雇用義務の対象となる事業主の範囲も、従業員43.5人以上から40.0人以上へと広がります。
この変更は、より多くの企業に障害者雇用の機会を創出することを目指すものですが、単なる数合わせではなく、質の高い雇用の実現が求められています。
2-2. 対象者の範囲と除外率制度
2025年4月からの除外率引き下げにより、多くの業種で障害者雇用義務数が増加します。例えば、建設業の除外率は20%から10%に引き下げられるため、従業員100名の建設会社では、計算の基礎となる労働者数が80名から90名に増加することになります。
また、特筆すべき変更点として、週所定労働時間10時間以上20時間未満の特定短時間労働者も新たに算定対象となりました。これにより、より柔軟な雇用形態での障害者雇用が可能となっています。
さらに、除外率の適用される業種としては、医療業(30%→20%)、道路旅客運送業(55%→45%)、幼稚園・認定こども園(60%→50%)、船舶運航業(90%→80%)なども対象となっています。
2-3. 企業に求められる雇用管理の変化
これからの障害者雇用で重要なのは、「障害者を雇用する」という特別な枠組みではなく、「誰もが活躍できる職場づくり」という視点です。例えるなら、カレーライスのベース(雇用管理の基本)は同じで、個々の状況に応じてトッピング(配慮や支援)を変えていくようなものです。
この考え方は、すべての従業員にとって働きやすい職場環境の整備につながり、結果として企業全体の生産性向上にも寄与します。
3. 発達障害に対する新たな視点
3-1. ニューロダイバーシティという考え方
特に注目されているのが、発達障害に対する「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という新しい考え方です。これは、人間の脳の働き方には多様性があり、その違いは個性として捉えるべきだという考え方です。
実際に、IBMやSAP、JPモルガンなどのグローバル企業では、この考え方を積極的に取り入れ、発達障害のある方の特性を活かした職域開発を行い、大きな成果を上げています。
3-2. 特性を活かした人材活用
例えば、細部への強いこだわりや集中力の高さは、品質管理や検査業務において大きな強みとなります。また、論理的思考力の高さは、プログラミングやデータ分析の分野で活かすことができます。
重要なのは、「障害」という枠組みではなく、その人の「得意分野」に着目し、適切な職務とマッチングを図ることです。
4. 合理的配慮の実践
4-1. 合理的配慮の基本的な考え方
合理的配慮とは、障害のある方が他の方と平等に働くために必要な「調整」や「変更」のことです。ここで注意したいのは、「配慮」という言葉から想像されがちな「特別扱い」や「思いやり」とは異なる、より実務的・合理的な概念だということです。
職場における合理的配慮は、大きく分けて「環境整備」と「個別配慮」の二つに分類されます。環境整備は施設・設備の改善など、不特定多数を対象とした基盤整備を指し、個別配慮は個々の状況に応じた調整を意味します。
4-2. 具体的な取り組み事例
実際の配慮の例として、以下のようなものが挙げられます:
・指示の出し方の工夫(具体的で明確な指示、文書化など)
・業務の優先順位の明確化
・休憩時間の柔軟な設定
・作業手順のマニュアル化
・ジョブコーチの活用
これらの配慮は、決して特別なものではなく、多くの場合、他の従業員にとっても働きやすい環境づくりにつながります。
5. 採用から定着までの実務のポイント
5-1. 採用時の留意点
採用にあたっては、まず「職業準備性」の評価が重要です。これは、基本的な労働習慣や対人技能、職業適性などを段階的に評価する考え方です。
「職業準備性(就労準備性)」とは、障害の有無に関わらずはたらく上で必要とされる、はたらくことについての理解・生活習慣・作業遂行能力や対人関係のスキルなどの基礎的な能力のことです。 はたらき続けるためには「健康管理」「日常生活管理」「対人技能」「基本労働習慣」「職業適性」という5つの資質が必要とされています。
特に重要なのは、本人の「障害特性の自己理解」です。自身の特性を理解し、必要な配慮を適切に伝えられる方は、職場定着の可能性が高くなります。
5-2. 職場定着のための施策
定着支援の要となるのが「定着面談」です。入社後3ヶ月間は特に重要な時期とされ、月1回以上の定期的な面談を行うことが推奨されます。
面談では、数値化できる指標(例:睡眠の質、体調など)を活用し、変化を客観的に把握することが効果的です。また、できていることを積極的に評価し、課題がある場合は解決策を一緒に考えていく姿勢が重要です。
6. 採用・定着に活用できる助成金制度
障害者雇用を進めるにあたって、様々な助成金制度を活用することで、企業の経済的負担を軽減することができます。ここでは、主な助成金制度について、実務に即して解説いたします。
6-1. 主な助成金の概要と活用のポイント
はじめに、トライアル雇用助成金(障害者トライアルコース)についてご説明します。この助成金は、障害者を新たに雇い入れ、試行雇用を行う事業主に対して支給されます。支給額は月額最大4万円で、原則3ヶ月間(最長12ヶ月まで延長可能)となっています。この制度は、障害者と事業主の相互理解を深め、その後の継続雇用への移行を促進することを目的としています。
特定求職困難者雇用開発助成金は、より長期的な雇用を支援する制度です。障害者を継続的に雇用する労働者として雇い入れる事業主に対して、最大240万円が4期(24ヶ月)にわたって支給されます。支給額は、企業規模や対象労働者の障害程度等によって異なりますが、中小企業の場合、重度障害者等を雇用した際は、第1期(6ヶ月)120万円、第2期から第4期まで各40万円という手厚い支給内容となっています。
キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)は、有期雇用から正規雇用への転換を促進する制度です。有期雇用労働者を正規雇用労働者に転換した場合、最大120万円が2期(12ヶ月)にわたって支給されます。この制度は、障害者の雇用の質的向上を図る観点から、特に重要な助成金となっています。
6-2. 昨年4月から開始された新たな助成金制度
昨年(2024年)4月から創設された「障害者雇用相談援助助成金」と「中高年齢等障害者職場適応助成金」は、すでに多くの企業で活用されています。
障害者雇用相談援助助成金は、障害者の雇入れや職場定着を支援する事業主に対する助成金です。具体的には、職務転換のための能力開発や、業務遂行に必要な施設・設備の設置費用が助成対象となります。制度開始から約10ヶ月が経過し、特に中小企業における障害者雇用の環境整備に大きく貢献しています。
中高年齢等障害者職場適応助成金は、二つの側面を持っています。一つは中高齢障害者の雇用継続支援で、もう一つは障害者雇用コンサルティングを行う事業者等への支援です。高齢化が進む中で、中高齢障害者の雇用継続は重要な課題となっており、この助成金の利用実績も着実に増加しています。
これらの助成金を活用する際の実務上のポイントとして、以下の点に特に注意が必要です。
第一に、ほとんどの助成金は事前の計画届出が必要となります。採用や転換の前に、必ず労働局やハローワークに相談することをお勧めします。
第二に、支給要件の確認と書類の準備を慎重に行う必要があります。要件を満たさない場合や、必要書類が不足している場合は、支給対象とならない可能性があります。
また、複数の助成金の併給に関する制限もありますので、どの助成金を活用するのが最も効果的か、専門家に相談しながら検討することをお勧めします。
7. まとめ
これからの障害者雇用は、法定雇用率の達成だけを目指すのではなく、多様な人材の活躍による企業の成長という視点で捉えることが重要です。
その実現のためには、以下の3点がポイントとなります:
私たち社会保険労務士は、これらの取り組みを専門家としてサポートいたします。特に助成金の申請については、要件確認や書類作成など、実務面でのサポートが可能です。
障害者雇用に関するご相談は、お気軽に当事務所までお寄せください。今後も、皆様の企業における人材活用の取り組みを、全力でサポートしてまいります。