もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
2025年1月1日から労働安全衛生法の一部手続きについて電子申請が義務化されました。これまで紙での申請が一般的だった各種報告書類が、今後はパソコンやスマートフォンからの電子申請が原則となります。この変更は企業の人事・労務担当者の皆様にとって業務フローの見直しが必要となる重要な法改正です。
今回は、この電子申請義務化の背景や対応方法について、中小企業の経営者や人事担当者の皆様にわかりやすく解説します。業務効率化につながる電子申請への移行をスムーズに進めるためのポイントをご紹介しますので、ぜひ最後までお読みください。
2. 労働安全衛生法における電子申請義務化の背景
2-1. なぜ今、電子申請が義務化されるのか
電子申請義務化の背景には、大きく3つの目的があります。
1つ目は、「労働者の被災状況や健康状態、事業者が講ずべき措置の実施状況を適切に把握すること」です。電子化によってデータが標準化され、より正確な情報収集が可能になります。
2つ目は、「労働災害等の発生の背景や原因を正確に把握し、集計・分析することで、労働災害防止対策の検討に役立てること」です。紙ベースの報告では集計・分析に多大な手間がかかりますが、電子データであれば迅速かつ詳細な分析が可能となります。
3つ目は、「統計の集計や記入漏れ等の防止、行政事務の効率化」です。電子申請では入力ガイドやエラーチェック機能により記入漏れや誤記入が防止され、行政側の処理効率も向上します。
これらの目的を達成するため、厚生労働省は「オンライン利用率引き上げに係る基本計画」を策定しました。この計画では、年間手続き件数が10万件以上の手続きについて、2026年度末までにオンライン利用率を20%まで引き上げることが目標とされています。この目標達成の一環として、報告数の多い8つの報告について電子申請が義務化されることになりました。
2-2. 第14次労働災害防止計画との関連性
電子申請義務化は、国が5年ごとに策定する「労働災害防止計画」とも密接に関連しています。2023年に策定された第14次労働災害防止計画では、社会情勢の変化を踏まえた8つの重点対策が掲げられています。
その中でも注目すべきは、「自発的に安全衛生対策に取り組むための意識啓発」です。この項目では、社会的に評価される環境整備や災害情報の分析強化、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が明記されています。
計画では「一部の労働災害事例のみならず、労働者死傷病報告を詳細に分析し、災害原因等の要因解析をより深化させる」ことが挙げられており、この実現には電子データによる効率的な情報収集が不可欠です。
労働災害統計の基盤となる労働者死傷病報告の方法についても、「労働災害が発生した状況や要因等の把握が容易となるよう、デジタル技術の活用をおこなう」と明記されており、電子申請義務化はこの計画の実行段階と位置付けられます。
3. 電子申請義務化の対象となる手続き
3-1. 具体的にどの手続きが対象になるのか
電子申請が義務化される「報告数の多い8つの報告」とは具体的に何でしょうか。主な対象は以下の報告書です:
これらの報告書は、労働現場の安全衛生管理における重要な情報を含んでおり、年間の申請件数も多いため優先的に電子化されることになりました。
3-2. 電子申請への移行スケジュール
電子申請義務化は2025年1月1日以降の報告受付分から適用されています。これまでは電子申請と紙での窓口・郵送報告の2つの方法が併用されていましたが、今後は原則としてPCやスマートフォンからの電子申請に一本化されます。
ただし、小規模事業場など一部の事業者については、当面の間は書面による提出も認められる経過措置が設けられる場合がありますので、詳細は所轄の労働基準監督署にご確認ください。
4. 企業担当者が準備すべきこと
4-1. 電子申請のための基本的な準備
電子申請を行うためには、以下の準備が必要です:
4-2. 帳票入力支援サービスの活用方法
厚生労働省の「帳票入力支援サービス」(https://www.chohyo-shien.mhlw.go.jp/)は、労働者死傷病報告等の作成をサポートするツールです。このサービスの主な特長は以下の通りです:
このサービスを利用することで、記入漏れや入力ミスを防止し、効率的に申請書を作成することができます。
5. 電子申請のメリットと活用のポイント
5-1. 企業にとってのメリット
電子申請への移行は、企業にとって多くのメリットをもたらします。まず、業務効率の大幅な向上が期待できます。これまでは紙の申請書を作成し、押印して郵送するといった一連の作業が必要でしたが、電子申請ではこれらの手間が省け、大幅な時間短縮につながります。特に修正が必要になった場合も、紙の書類であれば再作成から始めなければなりませんでしたが、電子データであれば該当箇所のみを簡単に修正できるため、作業効率が格段に向上します。
また、経済的な面でも多くの恩恵があります。郵送費や交通費はもちろん、紙代や印刷コストなど、これまであまり意識されてこなかった隠れたコストも削減できます。電子申請を継続的に活用することで、年間を通じて相当なコスト削減効果が期待できるでしょう。
さらに、データの正確性と活用価値も電子申請の大きな魅力です。入力支援機能によって記入漏れや入力ミスを未然に防止できるほか、一度入力したデータは電子的に保存されるため、過去の申請内容を簡単に参照できるようになります。これにより社内の安全衛生管理において過去の事例を参考にした対策立案が容易になり、より効果的な安全管理体制の構築に貢献します。
昨今のワークスタイルの変化にも電子申請は対応しています。場所を選ばずに申請手続きが可能なため、テレワークやリモートワークが普及した現在の働き方においても、スムーズな業務継続が可能になります。突発的な在宅勤務が必要になった場合でも、インターネット環境さえあれば必要な申請手続きを行うことができるのは大きな安心材料です。
5-2. 運用上の注意点
電子申請を円滑に進めるためには、いくつかの注意点に留意する必要があります。まず重要なのは、社内での役割分担を明確にすることです。電子申請の担当者を明確に定め、必要な知識や権限を付与しておくことで、申請手続きがスムーズに進むようになります。また、担当者が不在の場合でも対応できるよう、電子申請の操作手順をマニュアル化しておくことも重要です。具体的な手順やよくあるトラブルへの対処法をまとめたマニュアルがあれば、担当者以外でも最低限の対応が可能になります。
電子申請においても、提出期限は従来通り設定されていることを忘れてはなりません。紙の申請書と違って「郵送中」という猶予がないため、システムトラブルなどを考慮して余裕を持ったスケジュール管理が必要です。期限管理を徹底し、遅延による法令違反を防止しましょう。
セキュリティ面での配慮も欠かせません。ID・パスワード管理を徹底し、不正アクセスを防止する対策を講じることが重要です。特に共有パソコンを使用する場合は、ログイン情報の適切な管理が求められます。また、申請データは定期的にバックアップを取得し、システムトラブル時の対応に備えることも忘れてはなりません。重要な法定手続きであるだけに、データ消失のリスクに対する十分な備えが必要です。
電子申請を真に効果的に活用するためには、単に手続き方法を変えるだけでなく、組織全体の業務フローを見直す良い機会と捉えることが大切です。電子化によって得られたデータを安全衛生管理にどう活かすか、という視点で考えることで、電子申請の恩恵を最大限に享受できるでしょう。
6. まとめ
2025年1月から始まった労働安全衛生法関係書類の電子申請義務化は、デジタル技術を活用した行政手続きの効率化という社会的潮流の一環です。この変更は一見すると負担に感じるかもしれませんが、長期的には企業の業務効率化やコスト削減につながる重要な取り組みです。
特に労働者死傷病報告をはじめとする8つの主要報告書については、厚生労働省の帳票入力支援サービスを活用することで、スムーズな電子申請対応が可能となります。従来の紙ベースの申請から電子申請への移行は、単なる手続き方法の変更ではなく、労働安全衛生管理のデジタル化の第一歩と捉えるべきでしょう。
当事務所では、電子申請に関するご相談や具体的な操作方法のサポートも承っております。電子申請義務化への対応でお困りの点がございましたら、お気軽にご連絡ください。
最後に、電子申請は効率化のためのツールであって、目的ではありません。大切なのは、労働者の安全と健康を守るという本来の目的です。電子申請を通じて収集されたデータが適切に分析され、より効果的な労働災害防止対策の立案・実施につながることを期待しています。
【参考情報】