労使関係の制度改革「過半数代表制度」の今後 ~企業に求められる対応と実務のポイント~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

今回は、企業の人事労務管理において重要な、労働者の「過半数代表制度」に関する大きな動きについてご説明いたします。
(当事務所のブログ、2024.11.17掲載の「見据えておきたい労働基準法の変革~有識者会議が描く将来の方向性~」の中でも少し触れています。)

昨年12月、厚生労働省の労働基準関係法制研究会が、過半数代表制度の抜本的な見直しに向けた報告書案を示しました。この動きは、働き方改革関連法の施行以降、ますます重要性を増している労使コミュニケーションの基盤を強化しようとするものです。今後の企業における労務管理の在り方に大きな影響を与える可能性がありますので、しっかりと理解を深めていただければと思います。

2. 過半数代表制度とは

2-1. 制度の概要と重要性

過半数代表制度は、企業における労使間の取り決めにおいて中核的な役割を果たしています。時間外労働・休日労働に関する協定(36協定)はもちろんのこと、1年単位の変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制の導入、就業規則の作成・変更時の意見聴取など、実に57項目もの重要な事項に関与する制度となっています。

特に、働き方改革関連法の施行により、36協定における時間外労働の上限規制が法制化され、より厳格な運用が求められるようになりました。そのため、過半数代表者の役割はますます重要性を増しており、適切な選出と運用が企業にとって不可欠となっています。

2-2. 現行制度の課題

現行制度における最大の課題は、法律上の位置づけが不明確な点です。労働基準法では、過半数代表に関する規定が個別の条項に散在しており、体系的な整理がされていない状況です。また、過半数代表者の選出方法や、その権限と責任、活動のための支援体制などについても明確な規定がありません。

さらに、日本の労働組合組織率は長期的な低下傾向にあり、2022年の調査では、わずか16.5%となっています。このことは、過半数労働組合の存在する事業場が減少し、個人の過半数代表者に依存する状況が増えていることを意味します。

実務上でも、過半数代表者の選出が形式的なものとなっていたり、使用者の意向が強く反映されていたりするケースが散見されます。また、過半数代表者が十分な情報提供を受けられず、実質的な協議ができていないという問題も指摘されています。

3. 制度改革の方向性

3-1. 法律での明確化

今回示された報告書案では、労働基準法において体系的な規定の整備を行うことが提言されています。具体的には、「過半数代表」「過半数労働組合」「過半数代表者」について明確な定義を設け、その法的位置づけを明確化します。

特に重要なのは、過半数代表者の「公正代表義務」の明文化です。過半数代表者は、事業場の全労働者の代表として、その意見を集約し、公正に代表する義務を負うことが明確になります。これにより、一部の労働者の利益のみを代表するような事態を防ぐことができます。

また、過半数代表者の選出手続についても、法律レベルでの規定が設けられる方向です。現在は労働基準法施行規則で定められている選出手続の要件が、より明確な法的根拠を持つことになります。

3-2. 運用面での整備

実務的な運用面では、より柔軟で実効性のある制度とするための整備が検討されています。注目すべき点は、過半数代表者の複数人選出を可能とすることです。これにより、事業場の規模や、労働者の多様性に応じた、より適切な代表体制を構築することができます。

また、任期を定めた選出も明確に認められることになります。これは、過半数代表者の負担を軽減し、より多くの労働者が役割を担える環境を整備することにつながります。さらに、過半数代表者を補助する者の選任も可能となり、より実効性のある活動が期待できます。

4. 企業に求められる対応

4-1. 情報提供と便宜供与

報告書案では、使用者(企業)の責務として、過半数代表者への必要な情報提供が明確に位置づけられます。例えば、36協定を締結する際には、事業場の労働時間の実態に関する詳細な情報を提供することが求められます。これには、部署ごとの時間外労働の状況や、繁忙期の労働時間の見込みなどが含まれます。

また、過半数代表者が活動するための便宜供与も重要です。具体的には、意見集約のための時間確保や、社内設備の使用許可などが含まれます。例えば、社内イントラネットを使用した意見収集や、会議室の利用、必要な文書の印刷などの便宜を図ることが求められます。

特に重要なのは、過半数代表者としての活動時間の確保です。この時間は労働時間として扱われ、賃金が支払われることになります。企業は、過半数代表者が通常業務と両立できるよう、業務調整に配慮する必要があります。

4-2. 不利益取扱い禁止の徹底

過半数代表者に対する不利益取扱いの禁止は、法律上明確に規定されることになります。これは、過半数代表者が使用者と対等な立場で協議を行うための重要な保護規定となります。具体的には、過半数代表者であることを理由とする解雇や配置転換、その他の労働条件における差別的取扱いが禁止されます。

企業としては、人事考課や昇進・昇格等の判断において、過半数代表者としての活動が不利に扱われないよう、特に注意を払う必要があります。また、こうした保護規定の存在を管理職層にも周知徹底し、ハラスメント等が発生しないよう、適切な研修等を実施することも重要です。

5. 実務のポイント

5-1. 選出手続の適正化

過半数代表者の選出手続については、より厳格な運用が求められることになります。まず、選出にあたっては、全ての労働者に立候補の機会が与えられなければなりません。そのため、選出の実施について十分な周知期間を設け、選出の目的や過半数代表者の役割について、事前に丁寧な説明を行うことが重要です。

選挙または信任投票の実施にあたっては、投票の秘密が守られ、労働者が自由に意思表示できる環境を整備する必要があります。また、開票作業の透明性を確保し、結果について全労働者に周知することも重要です。

5-2. 活動支援体制の構築

過半数代表者が実効的な活動を行うためには、企業による継続的な支援体制の構築が不可欠です。特に重要なのは、過半数代表者が必要な知識を習得できるような教育・研修の機会の提供です。労働基準法や労働時間制度に関する基礎知識、労使協定の意義や効果、意見集約の方法など、実務に即した研修内容を準備する必要があります。

また、過半数代表者が労働者の意見を適切に集約できるよう、定期的な意見交換の場を設定することも有効です。その際、労働者が気兼ねなく意見を述べられるよう、使用者不在の意見交換の機会も確保することが望ましいでしょう。

6. まとめ

現在検討されている制度見直しは、労使コミュニケーションの基盤を強化し、より実効性のある労使協議の実現を目指すものです。しかし、これらの改革案はまだ報告書案の段階であり、今後、労働政策審議会での審議等を経て、具体的な法改正等につながっていくことになります。

企業の皆様におかれましては、現行制度下での適切な運用を継続しつつ、今後の動向を注視していただければと思います。特に、過半数代表者の選出手続の適正化や、活動支援体制の整備については、法改正を待つことなく、できるところから着手することをお勧めします。

なお、今後の制度改正の詳細や施行時期等については、決定次第、改めてご案内させていただく予定です。制度運用に関するご不明な点がございましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。私たち社会保険労務士が、皆様の適切な労務管理をサポートさせていただきます。

出典:厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書(案)」より一部抜粋