働き方改革の実践に向けて~労働時間等設定改善法と勤務間インターバル制度の活用~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

近年、働き方改革の推進により、日本の労働環境は大きく変化しています。特に労働時間管理と従業員の健康確保の観点から、様々な制度改正が進められています。2019年4月からは「労働時間等設定改善法」が改正され、勤務間インターバル制度の導入や、取引先への配慮が事業主の努力義務となりました。本記事では、この法改正の内容と、企業が実際に取り組むべき施策について、わかりやすく解説します。労働環境の改善は、従業員の健康確保だけでなく、生産性の向上や人材確保にもつながる重要な経営課題です。この機会に自社の労働環境を見直し、持続可能な企業経営を実現するためのヒントとしていただければ幸いです。

2. 労働時間等設定改善法の概要と事業主の責務

2-1. 改正法のポイントと事業主に求められる対応

労働時間等の設定の改善に関する特別措置法(労働時間等設定改善法)」は、事業主が労働者の健康と生活に配慮した労働時間等の設定に自主的に取り組むことを促進するための法律です。2019年4月の改正により、特に注目すべき点が追加されました。

まず第一に、事業主は従業員の健康と福祉を確保するために、勤務終了から次の勤務開始までの間に一定時間の休息(勤務間インターバル)を確保するよう努めなければならないことが明記されました。これは長時間労働による健康障害を防止し、従業員の生活時間と睡眠時間を確保するための重要な施策です。

第二に、事業主間の取引における配慮義務が新設されました。他社との取引を行う際には、著しく短い納期の設定(短納期発注)や発注内容の頻繁な変更を行わないよう努めなければなりません。これは、発注側の不適切な取引慣行が受注側の長時間労働につながるという連鎖を断ち切るための規定です。例えば、週末に発注して週明けに納品を求める、終業後に発注して翌朝の納品を求めるといった慣行は見直すべきとされています。

また、特に配慮が必要な労働者への対応も求められています。健康状態に問題を抱える労働者、育児・介護を行う労働者、単身赴任者、自ら職業能力開発に取り組む労働者などに対しては、その事情を考慮した労働時間の設定や休暇付与に努める必要があります。

2-2. 労使で話し合う場の重要性と設置方法

労働時間等の設定改善を進める上で、労使間の対話は欠かせません。法律では、事業場ごとに「労働時間等設定改善委員会」を設置することが推奨されています。この委員会では、時間外・休日労働の現状分析、長時間労働をしている従業員の健康確保策、年次有給休暇の取得促進策などについて具体的に話し合うことが期待されています。

特筆すべきは、この委員会の決議が労使協定と同様の効力を持ち、一定の要件を満たせば手続きが簡略化される点です。例えば、委員の5分の4以上の多数による議決があれば、変形労働時間制やフレックスタイム制、時間外・休日労働などに関する労使協定と同等の効力を持ちます。実務上の手続き負担が軽減されるというメリットがあります。

また、2019年4月からは、企業単位での取組を促進するために「労働時間等設定改善企業委員会」の制度も新設されました。これにより、複数の事業場を持つ企業が一体となって労働時間等の改善に取り組むことができるようになっています。

3. 労働時間等見直しガイドラインの活用方法

3-1. 時間外・休日労働の削減に向けた具体策

労働時間等見直しガイドライン(労働時間等設定改善指針)では、具体的な取組方法について示されています。特に時間外・休日労働の削減は重要な課題です。

2019年4月から時間外労働の上限規制が適用され、原則として月45時間・年360時間を超えることはできません。特別条項を設けた場合でも、年720時間、複数月平均80時間(休日労働含む)、月100時間未満(休日労働含む)という上限が設けられています。これらの規制を遵守するためには、業務プロセスの見直しや効率化が不可欠です。

具体的な取組としては、「ノー残業デー」や「ノー残業ウィーク」の導入・拡充が挙げられます。特定の日や週を設定し、全社で定時退社を促進することで、業務の効率化や意識改革につなげることができます。また、業務の繁閑に合わせた変形労働時間制やフレックスタイム制の活用も有効です。年間を通じて業務量の波がある場合は1年単位の変形労働時間制、日々の業務に裁量性が求められる場合は裁量労働制など、業務特性に応じた柔軟な働き方を検討することも重要です。

3-2. 年次有給休暇の取得促進策

年次有給休暇の取得促進も大きな課題です。2019年4月からは、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、事業主は年5日について確実に取得させることが義務付けられています。この義務を果たすためには、計画的な取得促進が必要です。

年次有給休暇管理簿を活用し、各従業員の取得状況を可視化することが第一歩です。取得が進んでいない従業員には、上司が声かけを行うなど、取得しやすい雰囲気づくりが大切です。また、労使協定を締結することで、計画的付与制度を導入することもできます。全社一斉の休業日や、部署ごとの交代制での休暇取得など、事業運営に支障をきたさない形で計画的に年次有給休暇を取得させることが可能になります。

さらに、年次有給休暇を取得しやすくするための工夫として、時間単位の年次有給休暇制度の導入も検討に値します。労使協定を締結することで、年5日の範囲内で時間単位での取得が可能となり、通院や子どもの行事参加など、短時間の休暇ニーズに対応できます。

4. 勤務間インターバル制度の導入と運用

4-1. 制度の意義と導入のメリット

勤務間インターバル制度とは、勤務終了時刻から次の勤務開始時刻までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する制度です。この制度は、従業員の生活時間や睡眠時間を確保し、心身の疲労回復を図ることを目的としています。

科学的研究によれば、睡眠時間が不足すると、判断力や反応速度が低下し、業務上のミスやトラブルのリスクが高まることが明らかになっています。特に、毎日の睡眠時間が6時間以下の状態が10日以上続くと、一晩徹夜したのと同等以上のパフォーマンス低下が生じるとされています。つまり、短時間睡眠が続くことで、睡眠負債が蓄積され、慢性的な疲労状態に陥るのです。

勤務間インターバル制度を導入することで、従業員の健康維持、ワーク・ライフ・バランスの実現、業務効率の向上など、様々なメリットが期待できます。特に、過重労働によるメンタルヘルス不調の予防や、離職防止にも効果があると言われています。

4-2. 具体的な導入手順と運用のポイント

勤務間インターバル制度の導入には、段階的なアプローチが有効です。まず、自社の労働時間の実態把握から始め、長時間労働の原因や課題を特定しましょう。その上で、経営層のコミットメントを得ながら、導入目的を明確にします。

インターバル時間の設定は重要なポイントです。EUでは最低11時間のインターバル時間が義務付けられていますが、日本では法的な時間数の定めはありません。自社の業務実態や従業員の通勤時間なども考慮して、実効性のある時間数を設定することが大切です。また、インターバル時間と翌日の所定労働時間が重複した場合の取扱いも、あらかじめ決めておく必要があります。就業規則には、以下のような規定を盛り込むとよいでしょう。

例えば、「いかなる場合も、労働者ごとに1日の勤務終了後、次の勤務の開始までに少なくとも〇時間の継続した休息時間を与える」といった基本規定を設け、インターバル時間と翌日の所定始業時刻が重複する場合は、①始業時刻から重複時間を労働したものとみなす方法、または②始業時刻を繰り下げる方法、のいずれかを選択します。また、災害時など避けることのできない場合の適用除外規定を設けることも検討しましょう。

制度導入後は、管理職や従業員への周知を徹底し、必要に応じて取引先への説明も行います。また、定期的に効果を検証し、課題があれば制度内容や運用方法の見直しを行うことが重要です。

なお、中小企業事業主の皆様は、勤務間インターバル制度の導入に当たって、「働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)」を活用することができます。制度導入のための環境整備に係る費用の一部が助成されますので、積極的に検討されることをお勧めします。

5. 多様な働き方の実現に向けた取組

5-1. 特に配慮が必要な労働者への対応

労働環境の改善を進める上で、特に配慮が必要な労働者への対応も重要です。例えば、健康上の問題を抱える労働者に対しては、健康診断の結果を踏まえた就業上の配慮や、病気休暇からの円滑な職場復帰支援が求められます。

育児・介護を行う労働者に対しては、育児・介護休業法に基づく制度の周知と利用促進を図るとともに、短時間勤務やフレックスタイム制など、柔軟な働き方の選択肢を提供することが大切です。妊娠中・出産後の女性労働者に対しても、母性健康管理のための措置を適切に講じることが必要です。

また、裁判員制度など公民としての権利行使や公の職務遂行のための休暇制度、自発的な職業能力開発のための教育訓練休暇、地域活動やボランティア活動参加のための休暇制度など、従業員の多様なニーズに応じた制度整備も検討課題となります。

5-2. 業務特性に応じた柔軟な働き方の導入

業務の特性に応じて、多様な働き方を選択できる環境を整備することも重要です。例えば、繁閑の差が大きい業種では変形労働時間制の活用、裁量性の高い業務には裁量労働制の適用など、業務内容に合った労働時間制度を選択することで、効率的な人材活用が可能になります。

また、多様な正社員制度(勤務地限定正社員、職務限定正社員など)の導入や、テレワークの活用なども、従業員のワーク・ライフ・バランス実現と企業の生産性向上の両立に資する取組として注目されています。特に新型コロナウイルス感染症の流行以降、テレワークの導入が急速に進んでいますが、適切なルール整備と運用がポイントとなります。

6. まとめ

働き方改革の推進により、労働時間管理と従業員の健康確保は、企業経営における重要な課題となっています。改正労働時間等設定改善法やガイドラインに基づく取組は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の持続的な成長と従業員の幸福度向上を両立させる鍵となります。

特に勤務間インターバル制度の導入は、従業員の健康維持とワーク・ライフ・バランスの実現に直結する重要な施策です。まずは自社の現状を把握し、労使での対話を通じて、段階的に制度構築を進めていくことをお勧めします。

また、年次有給休暇の取得促進や、特に配慮が必要な労働者への対応、多様な働き方の導入など、総合的な労働環境の改善に取り組むことで、人材確保や生産性向上にもつながります。

企業の規模や業種に関わらず、すべての事業主に求められる「働きやすい職場づくり」。その実現に向けて、私たち社会保険労務士は、法令や制度の解説だけでなく、貴社の実情に合った具体的な施策の提案や導入支援を行っています。お気軽にご相談ください。

【参考情報】
・厚生労働省「労働時間等設定改善法・労働時間等見直しガイドラインについて」
https://www.mhlw.go.jp/content/000555909.pdf
・厚生労働省「勤務間インターバル制度導入・運用マニュアル」
https://work-holiday.mhlw.go.jp/material/pdf/category1/0104002.pdf
・厚生労働省「年次有給休暇の時季指定義務」に関する資料
https://www.mhlw.go.jp/content/000350327.pdf
・厚生労働省「働き方・休み方改善ポータルサイト」
https://work-holiday.mhlw.go.jp/