人材確保・定着に向けた働き方改革への取り組み方 ~建設業界の事例から学ぶ企業の未来~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

昨今の人手不足は、業種を問わず深刻な経営課題となっています。とりわけ建設業界では、若年層の人材不足と高齢化が顕著であり、業界全体での取り組みが本格化しています。実際に、建設業就業者数は、2015年時点で約500万人と、ピーク時(1997年:約685万人)と比べて約27%も減少しています。

この状況を改善するため、建設業界では様々な取り組みを進めています。その中には、他業種でも応用可能な示唆に富む施策が数多く含まれています。本記事では、建設業界の事例を中心に人材確保と定着に向けた具体的な取り組みについてご説明します。

他業種の経営者・人事担当者の皆様におかれましても、ぜひ自社の取り組みの参考としていただければ幸いです。

2. 企業が直面する人材確保の課題

2-1. 若年層の人材不足と高齢化の問題

建設業界における人材不足と高齢化の実態は深刻です。データで見ると、2021年の建設業就業者数は約500万人で、55歳以上が約35.5%を占める一方、29歳以下は約12%に留まっています。さらに、技能者に限ると、60歳以上の比率は4割を超えており、若手の確保・育成が喫緊の課題となっています。

この状況は、製造業やサービス業など他業種でも同様の傾向が見られます。ただし、建設業界では、屋外作業が多いことや、現場ごとに就業場所が変わることなど、業界特有の要因も重なり、若年層の就業意欲を低下させる一因となっています。

2-2. 業界特有の労務管理の難しさ

建設業界における労務管理の特徴として、重層下請構造による雇用関係の複雑さがあります。元請会社の下に、一次下請、二次下請と、専門工事業者が階層的に存在する構造となっており、この構造が労務管理を複雑にしている要因の一つです。

また、工事現場ごとに就業場所が変わることや、天候による作業への影響、工期による繁忙期の変動なども、適切な労務管理を難しくしています。特に労働時間管理については、移動時間の扱いや、天候不良時の休業補償など、考慮すべき点が多岐にわたります。

さらに、技能労働者の多くが日給月給制で働いているという実態も、労務管理を複雑にする要因となっています。日給月給制は、労働日数に応じて給与が変動するため、安定的な収入確保の面で課題があります。

2-3. 働き方改革への対応状況

働き方改革関連法の施行により、建設業界でも2024年4月1日から時間外労働の上限規制が全面適用されることになっています。具体的には、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、年720時間、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)、月100時間未満(休日労働含む、ただし単月100時間未満)を超えることはできません。また、月45時間を超えることができるのは、年間6か月までです。

この規制に対応するため、建設業界では「4週8閉所」(4週間のうち8日間は現場を閉所)を目標に掲げ、工期の平準化や、ICTの活用による生産性向上などの取り組みを進めています。

3. 労務管理の基本と実践

3-1. 労働時間管理の重要性

労働時間管理において最も重要なのは、実態を正確に把握することです。建設業界では、「総合設計事件」という判例が労働時間管理の重要性を示す好例となっています。この判例では、始業前の準備作業や就業後の片付け、日報作成時間なども、使用者の指揮命令下にある時間として労働時間に該当すると判断されました。

一方、「阿由葉工務店事件」では、現場までの移動時間が問題となりました。この事例では、会社が移動を命じたものではなく、車両運転者や集合時刻等も移動者間で任意に定めていたことから、移動時間は通勤としての性格が強く、使用者の指揮命令下にはあたらないと判断されています。

このように、何が労働時間に該当するかの判断は複雑です。そのため、就業規則等で労働時間の定義を明確にし、管理体制を整備することが重要となります。

3-2. 賃金制度の見直しと改善

建設業界では従来、日給月給制が一般的でしたが、近年は月給制への移行を進める企業が増えています。その背景には、若手人材の定着促進という狙いがあります。日給月給制では、天候による休業や工事の繁閑により収入が変動するため、若年層の将来設計に不安を与える要因となっていました。

月給制への移行にあたっては、段階的なアプローチが効果的です。例えば、基本給部分を月給制とし、能率給部分を日給制とするなど、柔軟な制度設計が可能です。また、移行に伴い、休日出勤手当や雨天時の休業補償などの規定も整備する必要があります。

3-3. 社会保険加入促進の意義

建設業界では、国土交通省のガイドラインに基づき、法定福利費の内訳を明示した見積書の作成が推奨されています。これは、事業主負担分の社会保険料を適切に確保し、労働者の社会保険加入を促進するための取り組みです。

見積書には、雇用保険、健康保険、厚生年金保険等の法定福利費を明示することが求められています。また、2017年の建設業法改正により、社会保険未加入企業は原則として建設業許可の更新が認められないなど、制度面での整備も進められています。

4. 人材育成とキャリアパスの構築

4-1. 技能・経験の見える化

建設業界では、技能者の経験やスキルを客観的に評価・認定する「建設キャリアアップシステム」の運用が始まっています。このシステムでは、保有する資格や就業履歴などをもとに技能者を4段階のレベルに区分し、能力評価基準として活用しています。

具体的には、レベル1(見習い)から始まり、レベル2(中堅技能者)、レベル3(職長として現場に従事できる技能者)、レベル4(高度なマネジメント能力を有する熟練技能者)と、経験や資格に応じて評価が上がっていく仕組みです。この仕組みにより、技能者のキャリアパスが明確になり、目標を持って技能向上に取り組むことができます。

4-2. 資格取得支援制度の活用

技能者の育成において、資格取得支援は重要な役割を果たします。建設業界では、玉掛技能講習や足場の組立て等作業主任者など、様々な資格が必要とされます。これらの資格取得を支援することは、技能者の成長を促すだけでなく、現場の安全管理体制の強化にもつながります。

企業による支援の具体例としては、受験料や講習費用の補助、資格取得のための学習時間の確保、社内での受験対策講習の実施などが挙げられます。さらに、資格取得後の手当支給など、インセンティブ制度と組み合わせることで、より効果的な支援となります。

4-3. 処遇改善への取り組み

技能者の処遇改善は、人材確保・定着の要となります。建設業界では、国土交通省が「労務費の基準」を策定し、適切な賃金水準の確保を図っています。この基準では、技能者の職種ごとに、公共工事設計労務単価を基礎とした労務費が示されており、これを目安に適切な賃金設定を行うことが推奨されています。

また、昇給・昇格の基準を明確化し、技能の向上が処遇に反映される仕組みづくりも重要です。例えば、建設キャリアアップシステムのレベル認定と連動した給与体系を構築することで、技能者のモチベーション向上につながります。

5. 企業価値を高める取り組み

5-1. 働きやすい職場環境の整備

働きやすい職場環境の整備は、人材の確保・定着に直結します。建設業界では、4週8閉所(4週間で8日の現場休所)の実現に向けて、工程管理の効率化や、天候に左右されにくい工法の採用など、様々な工夫が行われています。

休暇取得の促進では、雨天時の振替休日制度の活用も効果的です。厚生労働省の通達(昭和23年4月26日基発651号)では、「屋外労働者についても休日はなるべく一定日に与え、雨天の場合には休日をその日に変更する旨を規定するよう」との指導がなされています。この制度を就業規則に明記し、計画的な休暇取得を実現している企業も増えています。

また、ICTの活用による業務効率化も進んでいます。施工管理アプリの導入により、現場での記録作業や報告業務が大幅に効率化され、長時間労働の削減につながっています。

5-2. 企業認証制度の活用

企業の取り組みを対外的にアピールする手段として、各種認証制度の活用が効果的です。例えば、「えるぼし認定」は女性活躍推進の状況が優良な企業に与えられる認定です。評価項目には、採用における男女差、継続就業の状況、労働時間の状況などが含まれており、段階的に1星から3星まで、取り組み状況に応じた認定を受けることができます。

「くるみん認定」は、子育て支援に積極的な企業に与えられる認定です。特に優良な企業は「プラチナくるみん」として認定され、人材確保において大きなアピールポイントとなっています。

若者の採用・育成に積極的な中小企業向けには「ユースエール認定」制度があります。この認定を受けるためには、新卒者などの正社員として就職した人の離職率が20%以下であることなど、具体的な基準をクリアする必要があります。

5-3. 業界イメージの向上に向けて

建設業界では、3K(きつい、汚い、危険)のイメージを払拭し、新3K(給与、休暇、希望)への転換を目指しています。例えば、建機の自動化やICT施工の導入により、作業環境の改善や安全性の向上が図られています。

また、インターンシップの受け入れや現場見学会の開催など、若年層に建設業の魅力を直接伝える取り組みも活発化しています。SNSを活用した情報発信により、従来とは異なる建設業界の姿を発信している企業も増えています。

6. まとめ

本記事では、建設業界における人材確保・定着に向けた取り組みを詳しく見てきました。建設業界特有の課題として、重層下請構造や現場ごとに異なる就業環境など、労務管理を複雑にする要因が存在します。しかし、その課題に対する解決策として、様々な制度や仕組みが整備されつつあります。

建設キャリアアップシステムによる技能の見える化、社会保険の加入促進、労務費の適正化など、業界全体で進められている取り組みは、他業種においても示唆に富むものです。特に、技能・経験の評価基準の明確化や、それに基づく処遇改善の仕組みは、多くの業種で応用可能な要素を含んでいます。

また、人材確保・定着の根本的な解決には、企業の魅力向上が不可欠です。えるぼし、くるみん、ユースエールなどの認証取得を通じて、働きやすい職場づくりを対外的にアピールすることは、業種を問わず効果的な戦略となります。

最後に、社会保険労務士の視点からお伝えしたいのは、これらの取り組みを進める際には自社の実情に合わせた制度設計が重要だということです。賃金制度の見直しでは、現状の課題を丁寧に分析し、段階的な移行計画を立てることが成功への近道となります。また、就業規則や労使協定の整備など、法的対応も適切に行うことをお勧めします。

人材の確保・定着は、企業の持続的な発展に直結する重要課題です。本記事で紹介した建設業界の取り組み事例が、皆様の会社に適した施策を検討する際のヒントになれば幸いです。当事務所では、働き方改革推進のための個別相談や助成金申請サポート、就業規則の見直しなど、様々なサービスを提供しています。働き方改革でお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。

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