キャリアアップ助成金に新コース登場!~年収の壁対策で一人当たり最大75万円の「短時間労働者労働時間延長支援コース」完全ガイド~

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

2025年7月1日、企業経営者の皆様にとって朗報となる新しい助成金制度が創設されました。
「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、いわゆる「年収の壁」問題に対する政府の本格的な対策として、キャリアアップ助成金に新設されたコースです。

パートタイム労働者や短時間労働者が年収106万円や130万円の壁を意識して働き控えをしている現状は、深刻な人手不足に悩む企業にとって大きな課題となっています。この新制度により、企業は短時間労働者の労働時間を延長し、社会保険に加入させることで、1人あたり最大75万円の助成を受けることができます。

本記事では、この新制度の詳細な内容から実際の申請手続きまで、中小企業の経営者・人事担当者の皆様に向けて分かりやすく解説いたします。

2. 短時間労働者労働時間延長支援コースとは

2-1. 制度創設の背景と目的

年収の壁問題は、日本の労働力不足を深刻化させる大きな要因となっています。特に、年収106万円を超えると社会保険料の負担が生じる「106万円の壁」と、年収130万円を超えると配偶者の扶養から外れる「130万円の壁」が、多くの短時間労働者の働き方に制約を与えています。

2025年2月25日の三党合意を受け、政府は「130万円の壁」についても手取り収入の減少による働き控えの解消を図るため、新たな支援措置を講じることとなりました。これが「短時間労働者労働時間延長支援コース」創設の背景です。

この制度の目的は、年収130万円程度で働く労働者を念頭に、労働時間を延長して被用者保険を適用した際に、労働者の手取り収入を減らさないよう企業を支援することにあります。労働者は年収の壁を意識することなく働くことができ、企業は人手不足の解消につながる効果が期待されています。

2-2. 従来の社会保険適用時処遇改善コースとの違い

従来の「社会保険適用時処遇改善コース」は、主に106万円の壁への対応を目的としていましたが、新設されたコースは130万円の壁への対応に重点を置いています。

最も大きな違いは助成額の拡充です。従来コースでは中小企業で30万円だった助成額が、新コースでは40万円に引き上げられ、さらに小規模企業(従業員30人以下)については50万円となりました。また、2年目の取組に対する追加支援も新たに設けられ、最大75万円の支援が可能となっています。

要件面では、従来の「週所定労働時間4時間以上延長」から「5時間以上延長」に引き上げられるなど、より労働者の収入増加につながる取組が求められています。一方で、既存の社会保険適用時処遇改善コースからの切り替えも可能となっており、企業の選択肢が広がっています。

3. 助成金の詳細内容

3-1. 1年目の取組要件と助成額

1年目の取組では、週所定労働時間の延長と賃金増額について、労働時間延長の程度に応じた段階的な要件が設定されています。

最も基本となるのは週所定労働時間を5時間以上延長する場合で、この場合は賃金増額の追加要件は不要となります。これは、時間延長による収入増加が十分に期待できるためです。

一方、週所定労働時間を4時間以上5時間未満延長する場合には、併せて5%以上の賃金増額が必要となります。時間延長が比較的少ない分を賃金増額で補完する仕組みとなっています。さらに、3時間以上4時間未満の延長では10%以上の賃金増額が、2時間以上3時間未満の延長では15%以上の賃金増額が必要となります。このように、延長時間が短いほど、より大きな賃金増額が求められる設計となっており、労働者の収入増加を確実に実現する仕組みが構築されています。

なお、複数年かけて上記要件を満たす場合も対象となりますが、社会保険適用時点では要件を満たしている必要があります。

3-2. 2年目の取組要件と助成額

2年目の取組では、長期の職場定着と更なるキャリアアップを促進するため、労働時間の更なる延長、基本給の更なる増額、制度の適用のいずれかの措置を講じる必要があります。

労働時間の更なる延長を選択する場合は、2時間以上の追加延長が必要となります。これは1年目の取組後の労働時間と比較して判断されるため、継続的な労働時間の拡大が求められます。

基本給の更なる増額を選択する場合は、5%以上の増額が必要となります。こちらも1年目の取組後の基本給と比較して判断されるため、段階的な処遇改善を実現することができます。

制度の適用を選択する場合は、昇給・賞与・退職金制度のいずれかの制度を新たに適用する必要があります。重要なのは、単に制度を導入するだけでなく、実際に制度に基づく支給が行われることです。制度の水準については、有期雇用労働者等の労働条件として社会通念上適切と認められる水準である必要があり、企業規模や職種、地域の賃金水準等を勘案した適切な制度設計が求められます。

2年目の助成額は企業規模に応じて設定されており、小規模企業で25万円、中小企業で20万円、大企業で15万円となっています。

3-3. 企業規模別助成額の違い

企業規模による助成額の違いは、各企業の負担能力を考慮した設計となっており、特に小規模企業に対する手厚い支援が特徴的です。

小規模企業については、常時雇用する労働者数が30人以下の企業が対象となり、最も手厚い支援が受けられます。1年目50万円、2年目25万円で、合計75万円の支援が可能となっています。これは、小規模企業ほど人材確保が困難で、一人当たりの負担感が大きいことを踏まえた配慮といえます。

中小企業については小規模企業を除く企業が対象となり、業種により異なる基準が設けられています。小売業・サービス業では資本金5,000万円以下または常時雇用者50人以下(サービス業は100人以下)、卸売業では資本金1億円以下または常時雇用者100人以下、その他業種では資本金3億円以下または常時雇用者300人以下が基準となります。助成額は1年目40万円、2年目20万円で、合計60万円となります。

大企業については上記以外の企業が対象となり、1年目30万円、2年目15万円で、合計45万円の支援となります。企業規模が大きくなるほど助成額は少なくなりますが、それでも十分な支援水準が確保されています。

4. 対象となる労働者と事業主

4-1. 対象労働者の要件

対象となる労働者の要件は、適切な助成金支給を確保するため厳格に定められています。

継続雇用に関する要件として、社会保険加入日の6か月前の日以前から継続して雇用されている必要があります。この要件により、助成金目的の短期雇用を防止し、真に企業に定着している労働者の処遇改善を支援する仕組みとなっています。

社会保険加入に関する要件として、新たに社会保険の被保険者要件を満たし、実際に社会保険に加入することが必要です。また、社会保険加入日から過去2年以内に同一事業所で社会保険に加入していないことも要件となっており、新規の社会保険適用に限定されています。

労働時間延長に関する要件として、社会保険適用日の前日から起算して1か月前の日から3か月が経過する日の前日までの間に、所定の労働時間延長等の措置が講じられている必要があります。これにより、社会保険適用と労働時間延長が適切な時期に行われることが確保されています。

その他の要件として、事業主・取締役の3親等以内の親族でないこと、支給申請日において離職していないことなどが定められており、制度の適正な運用が図られています。

4-2. 対象事業主の要件

対象事業主の要件も、適切な助成金支給を確保するため詳細に定められています。

基本的な要件として、雇用保険適用事業所の事業主であること、雇用保険適用事業所ごとにキャリアアップ管理者を配置していること、キャリアアップ計画を作成し管轄労働局長に提出していることが必要です。これらの要件により、計画的な取組が促進されます。

労働条件管理に関する要件として、対象労働者の労働条件・勤務状況・賃金支払状況を明らかにする書類を整備し、適切に管理していることが求められます。賃金台帳や出勤簿等の基本的な労務管理書類の整備が前提となります。

継続雇用に関する要件として、対象労働者を各支給対象期間以上継続して雇用し、当該期間分の賃金を支給していることが必要です。また、処遇改善に関する要件として、労働時間延長前後で基本給および定額支給される諸手当を合理的な理由なく減額していないことが求められ、真の処遇改善が確保されます。

社会保険加入に関する要件として、対象労働者を雇用保険および社会保険の被保険者として適用させていることが必要であり、適切な社会保険事務の実施が前提となります。

5. 申請手続きの流れ

5-1. 事前準備とキャリアアップ計画書

申請手続きの第一歩は、キャリアアップ計画書の作成・提出です。この計画書は、単なる形式的な書類ではなく、企業の人材育成方針を明確にする重要な文書となります。

まず、キャリアアップ管理者の選任が必要です。キャリアアップ管理者は、事業所の労働者・事業主・役員のいずれかの者で、他の事業所で既にキャリアアップ管理者となっていない者、労働組合等の労働者代表者でない者である必要があります。この管理者が中心となって、計画の策定から実施まで一貫して担当することになります。

計画書の作成においては、計画期間を3年以上5年以内で設定し、対象労働者の意見を聴取して計画に反映させる必要があります。具体的には、週所定労働時間の延長等に取り組む予定の年月、対象予定人数、講じる措置の内容を記載します。労働者の意見聴取は形式的なものではなく、実際に対象となる労働者のニーズや希望を把握し、それを計画に反映させることが重要です。

提出期限については、社会保険加入日の前日までとなっています。例えば、2025年10月1日に社会保険加入を予定している場合、同年9月30日までに提出する必要があります。この期限を過ぎると制度の利用ができなくなるため、余裕をもった準備が必要です。

提出方法は、管轄の都道府県労働局またはハローワークへの窓口持参、郵送、電子申請のいずれかが可能です。電子申請の場合は、雇用関係助成金ポータルから手続きを行うことができ、24時間いつでも申請が可能で便利です。

5-2. 支給申請の手続き

支給申請は、取組実施後の手続きとなり、適切なタイミングでの申請が重要です。

申請時期については、支給対象期間分の賃金を支給した日の翌日から起算して2か月以内という厳格な期限が設定されています。支給対象期間は、1年目・2年目ともに6か月間(勤務をした日が11日未満の月は除く)となります。この期限を過ぎると申請ができなくなるため、賃金支給日を正確に把握し、スケジュール管理を徹底することが重要です。

必要書類は多岐にわたり、準備には相当の時間を要します。基本的な書類として、キャリアアップ助成金支給申請書、短時間労働者労働時間延長支援コース内訳、支給要件確認申立書が必要です。また、対象労働者の雇用契約書または労働条件通知書、対象労働者の賃金台帳等、対象労働者の出勤簿またはタイムカード等も必須となります。これらの書類は、労働時間延長前後の期間を網羅する必要があるため、日頃からの適切な労務管理が前提となります。

企業規模を証明する書類として、小規模企業または中小企業であることを証明する場合は事業所確認票の提出が必要です。また、社会保険関係の書類として、特定適用事業所や任意特定適用事業所に該当する場合は、該当通知書の写しの提出が必要となります。

2年目申請時には追加書類として、昇給・賞与・退職金制度のいずれかの制度を適用した場合は、制度適用前後の就業規則・労働協約・賃金規定等と、制度適用が確認できる賃金台帳等の提出が必要です。これらの書類により、実際に制度が運用されていることを客観的に証明する必要があります。

6. 活用時の注意点とポイント

6-1. 既存制度からの切り替え

既に社会保険適用時処遇改善コースでの取組を進めている企業については、一定の条件のもとで新コースへの切り替えが可能となっており、柔軟な制度運用が図られています。

切り替えが可能なケースとしては、労働時間延長メニューまたは併用メニューでの取組を進めており、新コースの支給要件を満たしている場合が該当します。ただし、支給申請期間が2025年7月1日より前に終了する場合は切り替えができないため、タイミングの確認が重要です。

切り替えの手続きにおいては、申請者の負担軽減の観点から、新たなキャリアアップ計画書の提出は不要とされています。これは、既存コースと新コースが同じ年収の壁対応という趣旨の助成措置であることを踏まえた配慮です。ただし、2年目の取組を予定している場合は、支給申請書の該当欄にその旨を記載する必要があります。

既に支給申請を済ませている場合については、原則として既存の申請を取り下げて再申請する必要があります。しかし、支給申請期間の終期が2025年7月1日より後であり、既に行った申請が同時に新コースの支給要件を満たしており、かつ、まだ支給決定がされていない場合に限り、労働局等への申出により特例的に切り替えが可能な場合もあります。

6-2. 複数年取組の考え方

複数年かけて支給要件を満たす場合の取組も対象となりますが、制度の趣旨を踏まえた重要な注意点があります。

最も重要なのは、社会保険適用時点での要件充足です。社会保険適用時点では労働時間延長や賃上げの要件を満たしておらず、その後の複数年で要件を満たした場合は支給対象外となります。これは、社会保険適用と労働時間延長等の取組が一体的に行われることを制度が想定しているためです。

キャリアアップ計画期間内での実施も必要となります。社会保険適用日および労働時間延長を行った日のいずれもが、キャリアアップ計画期間内にある必要があり、計画的な取組が求められます。

比較期間の設定については、労働時間延長を行った最初の日前6か月と社会保険適用日以後6か月間を比較して、支給要件を満たしているかを判断します。この期間設定により、取組の効果を客観的に測定し、適切な支給判定が行われます。複数年取組を検討する場合は、これらの要件を十分に理解した上で、計画的に進めることが重要です。

7. まとめ

短時間労働者労働時間延長支援コースは、深刻な人手不足に悩む中小企業にとって、非常に有効な支援制度です。年収の壁を意識することなく働ける環境を整備することで、労働者の働く意欲を高め、企業の人材確保にもつながります。

最大75万円という手厚い支援により、社会保険料負担の増加分を十分にカバーできるだけでなく、労働者の処遇改善にも大きく貢献できます。特に小規模企業にとっては、人材投資の大きなインセンティブとなるでしょう。

ただし、この制度は当分の間の暫定措置とされており、終期は明確に定められていません。また、手続きには多くの書類が必要であり、要件も詳細に定められています。制度の活用を検討される企業様は、早めの準備と専門家への相談をお勧めいたします。

人材こそが企業の最大の資産です。この新制度を効果的に活用し、働く人も企業も Win-Win の関係を築いていただければと思います。
制度の詳細や申請手続きについてご不明な点がございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。企業の人材育成戦略と連動させながら、効果的な助成金活用をサポートさせていただきます。

また、2025年度における「キャリアアップ助成金」の詳細については、2025年4月18日掲載の当ブログ記事をご参照ください。

中小企業の人材育成を支援!~2025年度「キャリアアップ助成金」の最新情報~

※本記事は2025年7月時点の情報に基づいて作成しています。制度の詳細や最新情報については、厚生労働省の公式ウェブサイトや最寄りの労働局にてご確認ください。


(参考情報出典)