その待遇差、説明できますか?~同一労働同一賃金「5年後見直し」の実務対応ガイド~

 この記事の内容をAI「Gemini Notebook」が音声で解説しています。

1. はじめに

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。

2020年(中小企業は2021年)に本格施行された「同一労働同一賃金」制度は、正社員と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を禁止する仕組みとして、多くの企業で就業規則や賃金制度の見直しを迫ってきました。あれから5年が経過し、厚生労働省の労働政策審議会では「施行5年後見直し」の議論がまとまり、同一労働同一賃金ガイドラインの改正と、パートタイム・有期雇用労働法の実務運用強化が進められています。改正後の指針・省令は2026年10月1日から施行される予定です。「うちは非正規社員が少ないから関係ない」と考えている経営者の方も少なくありませんが、今回の見直しはパート・アルバイト・契約社員を一人でも雇用している企業であれば、規模を問わず対応が必要になります。本稿では、社会保険労務士の立場から、今回の見直しの背景と改正のポイント、そして中小企業が今から着手すべき実務対応について、できるだけ分かりやすく解説します。

2. 同一労働同一賃金「5年後見直し」とは何か

2-1. 施行から5年、何が問われているのか

働き方改革関連法の施行により、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の待遇差是正が進められてきましたが、厚生労働省の労働力調査によれば、雇用者に占める非正規雇用労働者の割合は依然として3割台後半で推移しており、待遇差の解消は道半ばの状態です。正規雇用労働者は10年連続で増加している一方、非正規雇用労働者もパート・アルバイトを中心に増加が続いており、両者が共に働く職場は今後も珍しいものではなくなっていきます。この5年間で、退職金や住宅手当、家族手当、賞与、無事故手当、夏期冬期休暇などをめぐる複数の最高裁判決が積み重なり、司法が示す判断基準と、実際の企業実務との間に「乖離」が生じていることが明らかになってきました。今回の見直しは、新たな規制を追加するというより、これまで曖昧なまま放置されてきた「法的空白」を埋め、司法判断と実務運用を整合させることが主眼となっています。

2-2. 見直しの法的根拠と議論の射程

見直しの法的根拠は、働き方改革関連法(平成30年法律第71号)附則第12条に定められた「施行後5年を目途とした検討規定」です。これに基づき、厚生労働省の労働政策審議会・同一労働同一賃金部会では2025年2月から議論が重ねられ、2026年1月に「雇用形態又は就業形態にかかわらない公正な待遇の確保に向けた取組の強化について」という報告が取りまとめられました。議論の射程は、単なる制度の状況確認にとどまらず、①均等・均衡待遇規定のあり方、②同一労働同一賃金ガイドラインの見直し、③待遇に関する説明義務の改善、④無期雇用フルタイム労働者への考え方の波及、といった実効性強化に関わる論点にまで及んでいます。

3. 何が変わるのか ― ガイドライン改正と説明義務強化のポイント

3-1. 最高裁判例との「乖離」を埋めるガイドライン改正

現行の同一労働同一賃金ガイドラインは2018年(平成30年)に策定された「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」であり、その後に積み重なった最高裁判決の判断基準が十分に反映されていませんでした。今回の見直しでは、退職金や住宅手当、家族(扶養)手当、賞与、無事故手当、夏期冬期休暇といった待遇項目ごとに、どのような待遇差が不合理とされ、どのような場合は不合理でないとされるのか、判例を踏まえた考え方がより明確化される見込みです。法改正には国会審議という時間を要しますが、ガイドラインであれば確定した司法判断を迅速に反映し、企業への行政指導の根拠として活用できるという実務上の即効性も、ガイドライン改正が先行する理由のひとつです。厚生労働省が公表している特集ページによれば、こうした見直しは一度の改正で完結する取組ではなく、労使が話し合いを重ねながら段階的に進めていくべきものと位置づけられており、企業側にも継続的な見直しの姿勢が求められています。

3-2. 労働条件通知書への明記義務化(2026年10月1日施行)

中小企業の実務にもっとも直結するのが、パートタイム・有期雇用労働法施行規則の改正です。同法第14条では、パート・有期雇用労働者から求めがあった場合、正社員との待遇差の内容や理由を説明する義務が事業主に課されていますが、今回の改正により、雇入れ時に交付する労働条件通知書に「待遇差について説明を求めることができる旨」と「その申出先」を明記することが新たに義務化されます。この改正省令・指針は2026年4月28日に公布され、同年10月1日から施行・適用される予定です。これまで「求めがあれば説明する」という受け身の対応で済んでいた企業も、今後は入口の段階から説明の枠組みをあらかじめ整備しておくことが求められます。

4. 中小企業が今すぐ着手すべき実務対応

4-1. 就業規則・労働条件通知書の総点検

まず取り組むべきは、自社の就業規則・賃金規程・労働条件通知書のひな形が、現行のガイドラインおよび今回の改正内容に照らして整合しているかの点検です。特に、正社員とパート・契約社員との間で支給有無や算定基準が異なる手当(住宅手当、家族手当、通勤手当、賞与、退職金など)については、なぜその待遇差が存在するのかという「理由」を、職務内容や責任の程度、人材活用の仕組み(配置転換の有無や転勤の範囲など)といった観点から、あらためて言語化しておく必要があります。感覚的に「昔からそうだから」という理由づけでは、説明責任を果たしたことにはなりません。労働条件通知書についても、施行規則改正に対応した様式へ更新する準備を、施行日である2026年10月1日を見据えて早めに進めておくことが望まれます。あわせて、就業規則そのものをパート・有期雇用労働者に交付・周知しているかどうかも、この機会に確認しておきたいポイントです。

4-2. 「説明できる会社」になるための証拠化の仕組みづくり

今回の改正の実質的な肝は「説明義務」の強化にあります。制度や規程を整備するだけでなく、実際に従業員へ丁寧に説明し、その事実を記録として残しておくことが、将来的な労使トラブルへの最大の防衛策となります。具体的には、雇入れ時に待遇差の内容と理由を説明したうえで、従業員から「説明を受けた」旨の確認書に署名をもらうといった運用フローを構築し、説明義務を履行した証拠を残す体制づくりが有効です。制度は作って終わりではなく、運用し、記録し続けることで初めて実効性を持つという点を、経営者・人事担当者の双方が意識しておく必要があります。

5. リスク管理にとどまらない意義 ― 人材戦略としてとらえ直す

同一労働同一賃金への対応は、単なる法令遵守のためのリスク回避にとどまるものではありません。待遇差について「きちんと説明できる」制度に整えることは、非正規雇用で働く従業員にとっても納得感につながり、人材の定着やエンゲージメント向上という前向きな効果も期待できます。あいまいなまま据え置かれてきた日本型の雇用慣行を見直す好機ととらえ、自社の実情に合わせた規程整備や説明の仕組みづくりを進めていくことが、これからの人材戦略においても重要な意味を持ちます。就業規則や賃金制度の見直しは、職務内容や人材活用の仕組みといった専門的な判断を要する部分も多く、また今後も判例の蓄積によって考え方が更新され続ける分野でもあります。自社だけで判断が難しい場合は、専門的な知見を持つ第三者の視点を交えながら、現状の規程や運用を客観的に点検してみることも一つの方法です。

6. まとめ

同一労働同一賃金制度の「施行5年後見直し」は、これまで曖昧なまま運用されてきた待遇差の説明責任を、より明確な形で企業に求めるものです。改正ガイドラインおよびパートタイム・有期雇用労働法施行規則の改正は2026年4月28日に公布され、同年10月1日から施行される予定であり、労働条件通知書への説明申出先の明記など、実務に直結する変更が控えています。中小企業においても、就業規則・労働条件通知書の点検、待遇差の理由の言語化、説明の証拠化といった対応を、施行日までに計画的に進めておくことが重要です。制度への対応を「守りのコスト」としてではなく、従業員との信頼関係を築く機会として位置づけ、早めの準備を進めていくことをおすすめします。


出典・参考情報

厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」
厚生労働省「労働政策審議会 職業安定分科会・雇用環境・均等分科会 同一労働同一賃金部会」