もくじ
1. はじめに
皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。
働き方改革関連法の重要な柱として大企業では2020年4月、中小企業では2021年4月に施行された「同一労働同一賃金」の規制。大企業での施行から5年、中小企業での施行から4年が経過した今、多くの企業でこの規制への対応が進みましたが、一方で実務面での課題も少なくありません。本記事では、同一労働同一賃金ガイドラインの基本的な考え方と具体例を改めて整理し、現在における実務上の留意点について解説します。
厚生労働省の調査によれば、中小企業を中心に「制度は理解しているが、実務上の対応に苦慮している」「自社の待遇差の合理性について自信が持てない」という声が多く聞かれます。また、同一労働同一賃金に関連する裁判例も蓄積されてきており、より精緻な対応が求められるようになっています。企業の皆様が安心して事業運営を行えるよう、最新の動向を踏まえた実践的なポイントをお伝えしたいと思います。
2. 同一労働同一賃金ガイドラインの基本
2-1. ガイドラインの目的と構造
同一労働同一賃金ガイドライン(正式名称:短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)は、正社員と非正規雇用労働者(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)との間の不合理な待遇差を解消することを目的としています。
このガイドラインは、「基本的な考え方」「原則となる考え方」「具体例」という構造になっており、特に「具体例」では「問題とならない例」と「問題となる例」を対比させることで、実務上の判断基準を示しています。ガイドラインでは基本給、賞与、各種手当だけでなく、福利厚生や教育訓練など幅広い待遇について言及しています。
注目すべきは、ガイドラインに記載されていない待遇(退職手当、住宅手当、家族手当など)についても、不合理な待遇差の解消が求められる点です。つまり、ガイドラインは網羅的なものではなく、個別具体的な事情に応じて各社の労使で待遇の体系について議論を重ねていくことが期待されています。
2-2. ガイドラインの適用対象と施行時期
同一労働同一賃金規制は、大企業については2020年4月から、中小企業については2021年4月から適用されています。適用対象は正社員と非正規雇用労働者(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)の間の待遇差です。
特に注意が必要なのは、定年後再雇用の有期雇用労働者も適用対象となる点です。定年後に継続雇用された有期雇用労働者であることは、待遇差が不合理であるか否かの判断に当たり考慮される事情の一つではありますが、定年後再雇用であることのみをもって待遇差が当然に正当化されるわけではありません。
3. 待遇ごとの不合理性判断の基準
3-1. 基本給と賞与における判断基準
基本給については、その性質・目的に応じて判断基準が異なります。能力・経験に応じて支給する場合は同一の能力・経験には同一の、業績・成果に応じて支給する場合は同一の業績・成果には同一の、勤続年数に応じて支給する場合は同一の勤続年数には同一の基本給を支給する必要があります。
例えば、能力に応じて支給する基本給において、通常の労働者と短時間労働者が同一の能力を有している場合、その能力に応じた部分については同一の基本給を支給しなければなりません。一方、能力に一定の相違がある場合は、その相違に応じた基本給の差は認められます。
賞与(ボーナス)については、会社の業績等への労働者の貢献に応じて支給する場合、同一の貢献には同一の、貢献に違いがあれば違いに応じた支給が必要です。単に「正社員だから」「非正規だから」という理由で賞与の有無や金額に差をつけることは認められません。
3-2. 各種手当における判断基準
手当についても、その性質・目的に応じた判断が必要です。例えば、役職手当は役職の内容に対して支給するものですから、同一の内容の役職には同一の手当を支給する必要があります。また、特殊作業手当や特殊勤務手当、精皆勤手当などについても、同一の条件を満たす場合は同一の支給が求められます。
時間外労働手当、深夜・休日労働手当については、通常の労働者と同一の労働を行った場合、同一の割増率で支給する必要があります。通勤手当、食事手当、単身赴任手当、地域手当などについても、同一の条件下では同一の支給が原則です。
3-3. 福利厚生・教育訓練における判断基準
福利厚生施設(食堂、休憩室、更衣室など)の利用、転勤者用社宅、慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除などについても、同一の条件であれば同一の取扱いが必要です。病気休職については、無期雇用の短時間労働者には正社員と同一の、有期雇用労働者には契約期間を踏まえた対応が求められます。
教育訓練については、現在の職務に必要な技能・知識を習得するために実施するものについて、同一の職務内容であれば同一の実施、職務内容に違いがあれば違いに応じた実施が必要です。
4. 実務上の留意点と対応策
4-1. 待遇差の合理的説明の重要性
実務上最も重要なのは、待遇差を設ける場合の合理的な説明です。「正社員と非正規雇用労働者は将来の役割期待が異なるため」といった主観的・抽象的な説明ではなく、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に基づいた説明が求められます。
特に2020年4月(中小企業は2021年4月)に施行されたパートタイム・有期雇用労働法により、労働者からの求めに応じた待遇差の説明が義務付けられ、説明を求めた労働者に対する不利益取扱いも禁止されています。
4-2. 正社員と非正規雇用労働者の待遇差解消の方法
待遇差の解消方法としては、
①非正規雇用労働者の待遇を引き上げる
②正社員の待遇を引き下げる、
③両者の中間点に調整する
といった方法が考えられますが、ガイドラインでは「基本的に、労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえない」と明記されています。
また、実務上の問題として、雇用管理区分が複数ある場合(総合職、地域限定正社員など)でも、全ての雇用管理区分に属する正社員との間で不合理な待遇差の解消が求められる点に注意が必要です。つまり、一部の正社員の待遇を下げることで対応する方法には限界があります。
4-3. 最近の裁判例と実務への影響
最高裁判所は2020年10月に「大阪医科薬科大学事件」「メトロコマース事件」「日本郵便(東京)事件」「日本郵便(大阪)事件」「日本郵便(佐賀)事件」の5つの判決を下し、同一労働同一賃金に関する判断枠組みを示しました。これらの判決では、待遇の性質・目的に照らして適切な考慮要素を個別に判断する手法が確立されています。
これらの判決の影響を受け、現在では特に手当類について争われるケースが増えています。例えば皆勤手当や通勤手当などについて、待遇差を設ける合理的理由がない場合は是正を求められるケースが多いことから、改めて自社の手当支給基準の見直しが必要です。
5. 同一労働同一賃金対応の実践ステップ
5-1. 自社の現状把握と課題の抽出
同一労働同一賃金への対応の第一歩は、自社の現状を正確に把握することです。まずは社内の雇用形態ごとの労働者を整理し、正社員、契約社員、パート、アルバイト、派遣社員などの分類を行いましょう。次に、これらの雇用形態ごとの基本給、賞与、各種手当、福利厚生などの待遇内容を一覧化します。この作業により、雇用形態間に存在する待遇差が明確になります。
待遇差が確認できたら、その差が生じている理由を項目ごとに整理することが重要です。この段階では、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の違いを客観的かつ具体的に文書化しておくことがポイントとなります。例えば「正社員は全国転勤があるが、契約社員は転勤がない」「正社員は将来の幹部候補として育成するが、パート社員は現在の業務遂行のみを期待している」といった違いを明確にしておきます。それらの違いを踏まえ、現在の待遇差が不合理ではないかを検討します。
この検討過程では、単に「正社員だから」といった抽象的な理由ではなく、具体的な職務内容や責任の違いに基づいた説明ができるかどうかがカギとなります。社内で説明が難しい待遇差がある場合は、優先的に是正すべき課題として認識しましょう。
5-2. 効果的な是正措置の実施
待遇差の是正を行う際は、経営への影響も考慮しつつ、効果的な措置を講じる必要があります。多くの企業では、非正規雇用労働者の基本給の引上げを検討することになるでしょう。その際、職務内容、能力、成果、勤続年数などを適切に反映した仕組みを構築することが望ましいといえます。
賞与や各種手当についても、支給基準を統一的に見直すことが重要です。同一の条件を満たす場合は同一の支給を原則とし、差を設ける場合はその理由を明確にします。福利厚生や教育訓練についても同様に、適用範囲を見直し、職務上必要な施設利用や研修機会を均等に提供できる体制を整えましょう。
また、長期的な視点では正社員転換制度の整備・拡充も有効な対策となります。非正規雇用労働者に正社員への道筋を示すことで、モチベーション向上にもつながります。これらの措置を実施する際は、労使協議を十分に行い、従業員の理解を得ることが何よりも重要です。突然の変更は混乱を招くリスクがあるため、丁寧な説明と準備期間の確保が必要です。
5-3. 継続的な検証と改善
同一労働同一賃金への対応は一度行えば終わりではなく、継続的な検証と改善が必要です。定期的に待遇差の状況をチェックし、新たな裁判例や行政解釈についても情報収集を続けることが大切です。法解釈は時間の経過とともに変化することがあるため、常に最新情報を把握するよう心がけましょう。
従業員からの相談や意見も貴重な情報源となります。人事担当者や管理職が日常的に従業員の声に耳を傾け、待遇に関する不満や疑問を拾い上げる仕組みを作りましょう。こうした声を分析することで、潜在的な問題点を早期に発見できることがあります。
収集した情報や分析結果に基づき、必要に応じて待遇制度の見直しを行います。この一連のプロセスを継続的に実施することで、法的リスクの低減と従業員満足度の向上を両立させることが可能になります。これは企業の持続的な成長にとっても欠かせない取り組みといえるでしょう。
6. まとめ
同一労働同一賃金ガイドラインの施行から5年以上が経過し、多くの企業で対応が進む一方、実務上の課題も明らかになってきました。特に、待遇差の合理的説明の重要性はますます高まっており、客観的・具体的な説明ができるよう準備しておくことが不可欠です。
また、裁判例の蓄積により、判断基準がより明確になってきていることから、最新の動向を踏まえた対応が求められます。同一労働同一賃金への対応は、単なる法令遵守の問題ではなく、人材確保・定着の観点からも重要な経営課題です。
当事務所では、同一労働同一賃金に関する個別相談や社内研修、規程の見直しなど、企業の皆様の実情に応じたサポートを提供しております。お気軽にご相談ください。
【参考資料】
