「再確認!労働時間管理の基本 ― 中小企業経営者・人事担当者向け実践ガイド」

1. はじめに:今こそ見直したい労働時間管理の基本

皆さん、こんにちは。特定社会保険労務士の山根敦夫です。本日は、中小企業の経営者や人事担当者の皆さまに、労働時間管理について再確認していただきたい内容があります。

2017年1月に厚生労働省から発表された「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に加えて、2019年4月1日から「労働安全衛生法」の改正により、「客観的方法による労働時間把握」が法的義務となりました。

しかし、日々の業務に追われる中で、このガイドラインの内容を忘れてしまっていたり、適切に実践できていなかったりする企業も少なくないのではないでしょうか。

働き方改革や新型コロナウイルスの影響で働き方が多様化する中、改めて労働時間管理の基本に立ち返ることが重要です。このガイドラインの内容を今一度確認し、自社の労働時間管理が適切に行われているか、一緒に点検していきましょう。

2. 労働時間の定義:見落としがちな「労働時間」を再確認

まず、「労働時間」の定義について再確認しましょう。単純に思えるこの概念ですが、意外と見落としがちな時間があります。

ガイドラインでは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義しています。これには以下のような時間も含まれます:

  1. 業務の準備や後始末の時間
    例:制服への着替え時間(着用が義務付けられている場合)、業務終了後の清掃時間
  2. 手待時間
    例:次の作業の指示を待っている時間、機械の調整を待っている時間
  3. 義務づけられた研修や教育訓練の時間
    例:安全講習、新人研修、技能訓練

これらの時間、きちんと労働時間として計上できていますか?特に、リモートワークが増えた昨今では、オンライン会議の準備時間や、自宅で行う業務関連の学習時間なども労働時間に該当する可能性があります。

今一度、自社の業務フローを見直し、労働時間として計上すべき時間を見落としていないか確認しましょう。

3. 労働時間の把握方法:法改正による義務化

2019年4月の法改正により、労働時間の把握方法が法的に規定されました。労働安全衛生法第66条の8の3によると、事業者は厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければなりません。

具体的な方法としては:

  1. タイムカードによる記録
  2. パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録
  3. 事業者の現認
  4. その他の客観的な方法

これらの方法で、労働者の労働日ごとの出退勤時刻や入退室時刻を記録する必要があります。

重要なポイントとして、この義務は管理監督者や裁量労働制の適用者にも適用されます(高度プロフェッショナル制度対象労働者は除く)。

4. 自己申告制を採用する際の注意点:例外的な取り扱い

法改正後、自己申告制は「やむを得ず客観的な方法により把握し難い場合」にのみ認められる例外的な方法となりました。

例えば、以下のような場合が該当します:

  • 事業場外での直行直帰の業務で、客観的な把握手段がない場合

ただし、事業場外でも社内システムにアクセス可能な場合など、客観的方法で把握できる場合は自己申告制は認められません。

自己申告制を採用する場合は、以下の点に特に注意が必要です:

  1. 従業員への十分な説明
    自己申告制の仕組みや、正確な申告の重要性について、定期的に従業員に説明していますか?
  2. 実態調査の実施
    自己申告された時間と実際の在社時間に大きな乖離がある場合、実態調査を行っていますか?
  3. 適正な申告を阻害する行為の禁止
    残業時間の上限設定や、残業代の定額払いなど、適正な申告を妨げる可能性のある制度がないか、再確認が必要です。
  4. 申告できない残業の禁止
    「サービス残業」や「持ち帰り残業」を黙認していませんか?

さらに、テレワークの普及により、新たな課題も生まれています。在宅勤務中の労働時間を正確に自己申告してもらうためには、どのような工夫が必要でしょうか。例えば、業務の開始・終了時にチャットツールで報告を求めるなど、新たな仕組みづくりも検討する必要があるかもしれません。

5. 賃金台帳と記録の保存:変わらぬ重要性

賃金台帳の適正な作成と保存の重要性は、今も昔も変わりません。以下の項目を正確に記録していますか?

  • 労働日数
  • 労働時間数
  • 休日労働時間数
  • 時間外労働時間数
  • 深夜労働時間数

これらの記録を故意に偽って記入した場合、30万円以下の罰金が科される可能性があります。この点は長年変わっておらず、むしろ労働基準監督署の調査はより厳格になっています。

また、労働時間の記録に関する書類(出勤簿、タイムカードなど)は、賃金台帳や労働者名簿とともにそれぞれの記録保存起算日から5年間(当分の間は3年間)保存しなければなりません。なお、いずれの書類も必要事項が記載されていればどんな様式でも構いません。テレワーク環境下での記録も含め、適切に保存できているか確認しましょう。

6. 労働時間管理の責任者と組織的な取り組み:基本を今こそ徹底

労働時間の適正な管理は、組織全体で取り組むべき課題です。ガイドラインで示された以下の点を、今一度徹底しましょう:

  1. 労働時間管理の責任者の設置
    責任者は明確に定められていますか?その責任者は適切に役割を果たせていますか?
  2. 労使協議組織の活用
    労働時間等設定改善委員会などを定期的に開催し、現状の問題点や改善策を話し合っていますか?
  3. 管理者への教育
    管理職に対して、労働時間管理の重要性や適切な管理方法について、定期的に教育を行っていますか?
  4. 定期的な見直し
    労働時間管理の方法や記録システムを定期的に見直していますか?特に、テレワークの導入など、働き方の変化に対応できているか確認が必要です。

特に、法改正後は客観的な労働時間把握が義務化されたため、責任者はこの点を十分に理解し、適切な管理体制を構築する必要があります。

7. まとめ:労働時間管理の基本を今こそ活かし、企業価値を高める

2019年の法改正により、労働時間管理はより厳格になりました。これは単なる規制強化ではなく、従業員の健康を守り、生産性を向上させるための重要な施策です。

適切な労働時間管理は、以下のようなメリットをもたらします:

  1. 従業員の健康維持・向上
  2. 労働生産性の向上
  3. 労働基準法違反のリスク低減
  4. 労働争議の予防
  5. 企業イメージの向上

さらに、適正な労働時間管理は各種助成金の申請にも大きく影響します。多くの雇用関連の助成金では、労働関係法令を遵守していることが支給要件となっています。法改正後の規定を遵守することは、助成金の不支給リスクを減らすことにもつながります。

新型コロナウイルスの影響で、働き方や労働環境が大きく変化しました。テレワークの普及など、労働時間管理はより複雑になっています。しかし、客観的な方法で労働時間を把握するという基本は変わりません。むしろ、環境の変化に応じて、より慎重かつ柔軟な対応が求められているのです。

法改正の内容を十分に理解し、自社の労働時間管理体制を見直してみませんか?適正な労働時間管理は、従業員の幸せと企業の成長の両立につながる重要な取り組みです。

皆さまの会社が、適正な労働時間管理を通じて、さらなる発展を遂げられることを心より願っています。

労働時間管理でお悩みの際は、ぜひ社会保険労務士にご相談ください。法改正の詳細や最新の労務管理手法について、皆さまの企業に最適なアドバイスを提供させていただきます。